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作品名:路地裏の猫と私 残影編 作者:じゅんしろう

第3回   3
当然、変化は人間にも起きる。鳴海も裁判官を退官した後、小樽を離れ奥さんの生まれ故郷である埼玉県のさいたま市に引っ越してしまった。かつて、退官したらこのまま小樽に住もうかといっていたが、それは叶わなかった。子供たちが本州に居るということもあり、奥さんの強い意向が働いたらしい。あの鬼瓦の威厳をもってしても、かかあ天下かと、内心可笑しかったが、年をとればとるほど奥さんが強くなるのはどこも同じらしい。かくいう私も妻の生まれ故郷に住んでいる。私の生まれ故郷は道央よりやや下の農業がおもな産業の浦臼町というところだが、ふた親はとっくに亡くなり、いまは一人か二人の従兄弟がいるだけで、お盆のとき墓参りに行くだけだ。鳴海の故郷は長野県だが、事情は私とどっこいどっこいのようだ。奥さんの故郷に住めるだけ有り難いことかもしれない。
では、碁敵が居なくなって寂しいかといえばそうでもない。じつは以前よりも鳴海と碁を打つことが多くなっているのだ。その秘密はインターネット碁である。日本棋院の囲碁サイトに二人とも入っていて、そこで打つのである。正確には、マウスをクリックするといった方がよいだろうが。お互いのハンドルネームは教え合っているから、検索してサイトに入っていれば打つことになる。さらに、そこではチャットといわれる会話機能があり、お互いの近況を教え合うこともある。小樽に居た時は会話を交わすことは多くはなかったが、離れ離れになった後、チャットやメールのやり取りが結構あり、かえって身近にいるような感覚になることがある。二人は文明の利器を享受しているということだ。私は携帯電話を持ってはいない。以前、他人の頻繁なメールのやり取りにたいして批判的な立場だったが、五十歩百歩になるので口をつむぐことにする。
私がパソコンを始めた動機は不純なものだった。鳴海との囲碁の勝敗は五分五分で推移していたが、なんとか優位に立とうと密かにパソコンを買い、インターネット碁で勉強をしたのだ。インターネット碁は世界中の人とリアルタイムで打つことができる。さらには、プロの碁やアマチュアの県代表クラスの碁を見て検討することもできるのだ。小樽で決まった人と打つより、実際大いに参考になった。さいわい教員時代にワープロは使っていたから、パソコンも何とかなるだろうと思い、おもいきって買ったのだ。もっとも予想に反して操作は四苦八苦で、ときにパソコンを殴りつけてやろうかと血が上がったほどで、いま思えば笑い話のようなことの連続だったが。
しかしながら、そのかいあって勝負は私に歩がよくなってきた。鬼瓦の無念やるかたない思いが伝わってきて、内心ほくそ笑むことが多くなったのだ。


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