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作品名:路地裏の猫と私 残影編 作者:じゅんしろう

第1回   1
T
 はじめは、はらはらというような雪の降りかたで、すぐに溶けて消えてしまうものだったが、それから一カ月余りすぎた今は、朝起きてみると一面の銀世界になっていた、という日々である。今朝も降ったな、という予感は外を見ないでも、寝床からの白い吐く息でわかる。目覚めてからも布団の暖かさに未練たらたらでいたが、ようようのこと起き上がり、朝刊を取りに行くため玄関口に出てみると、すりガラス製の戸から見える外は白く明るくなっていた。吐く息もさらに白く、凍てつくような寒さである。
 この季節がくるたび、私は熊のように冬眠ができたらいいのにと、本気で思う。暖かく木々が芽吹く春までぐっすりと眠り、グリークのペールギュント、朝の音楽でゆらゆらと目覚め、寝床で両手をおもいっきり左右に伸ばし、大きくひとつ欠伸をして、それからおもむろに起き上がる、そのようなことを本気で思う。
 が、居間に入ると、床暖房式石油ストーブのタイマーがセットされているため、ほわっとした暖かさにつつまれる。
 ソファーに座り新聞を広げ、妻が入れてくれた熱いコーヒーを飲む。ときおり、窓越しから白い外を眺め、ああ、外は雪か、と、ねとぼけたことを思う。我ながら、ノー天気そのものである。
 新聞を読み終え、また外を見た。と、牡のノラ猫が一匹、雪を掻きわけるようにして横切っていった。今年の秋あたりから見かけている我が路地裏の新参者のノラ猫である。体全体は茶に黒い線の縞模様で、鼻下から胸のあたりから足にかけて白い。ただ、鼻の左下脇に小さな薄い茶の模様がぽつりとある。毛並みはアライグマのようにぼさぼさで、薄汚い。可愛いわけでもなく、愛嬌がとくにあるわけでもない。名前はごん太という。筋向いの内野さんの命名だ。この内野さんの家に夜な夜なやってきては、与えてくれる餌をぱくついて何処かへと帰ってゆく。
 普通、ノラ猫に餌を与える慈恵の家の前では、その恩恵を享受する猫たちが時間前に集い、そのときを待つ。時間を過ぎても現れぬ場合は玄関先で、ニャーニャーとコーラスを奏でうながす。だがごん太はそのようなはしたないことはしない。じっと待つ、ただひたすらじっと待つ。目指す餌が目の前に置かれても、愛嬌のあるひと声をだすわけでもない。ただ、無言でひたすら食べる。食べ終わっても、お礼のひと声を披露するでもない、そのまま何処かへと去ってゆく。つるむ仲間はいない。一匹狼ならぬ一匹猫なのである。孤高のノラ猫なのだ。


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