「いえ、帝にたいして、親しく接しとっていただくためには、これくらいでなければ」と、言いながら、武士に抑圧されてきた鬱憤を少しでも晴らすいい機会だと友親は考えた。威張りくさった大名とげてものが、同じ階位なのである。大名と象とが並んでいる姿を想像すると愉快であった。 「うん、そうかいな。で、白象ちゅうのは?」 「はい、帝という高貴なお方には、昔から、白馬など白は瑞兆のしるしと決まっております。したがいまして、広南従四位白象。これがよろしいかと」 「なるほど、それよろしいな。そうしますかいな」総長は、自分の案が変えられたことに、いささか不満があったが、上奏するのは麻呂やしかまへんな、とたちまち頭を巡らして同意した。 翌二十六日、予定通り象一行が京に入った。京の町は上よ下よの、大騒ぎになった。 浄華院前は、人垣でいっぱいである。だが、町役人で厳重に警備されていて、一般庶民は立ち入ることができなかった。それでも、ひと目見ることができぬかと、人が絶えることはなかった。 二十八日は、帝が謁見する当日である。そのことは人々に知られていて、まだ夜が明けきらぬうちから人々が集まり浄華院から御所まで、遠巻きにして大勢の人垣ができた。といっても、浄華院と御所は目と鼻の先であるが。 ところが予定の五つの刻になっても、象一行が浄華院から出てこなかった。 やはり、総長の読みどおり、官位のないものを帝にお目にかけることは相成らんと、異議が出たのである。 公家の某が言い出すと、そや、そや、の大合唱になった。象の一行の某が、遠路はるばる来たのでありますから、と言っても、獣といえども例外は認められない、とはねつけられた。何回か、御所と浄華院の間を行き来したが、埒があかなかった。仕舞いには、宮中をなんと心得る、と言い出す始末。だが、来るなとは言わない。誰しも、象が見たいのだ。 宮中の清涼殿の中は喧々諤々である。総長はじつと潮時を計っていた。すぐ解決策を示しては価値がない。最高潮になったときこそ、麻呂の出番じゃ、と隅に控えていた。 やがて、摂家、精華家、大臣家の高位高官の方々も、帝のおわします紫辰殿からやって来た。顔つきから妙案は出ていないようだ。総長は、今このときぞ、と彼らの前に進み出た。彼らは、なんだ、というような顔をした。総長が、まさに言葉を発しようとした時、彼らの端につき従っている坊城俊将のきつね顔が目に入った。一瞬、このぼんくらめ、今こそ麻呂が鼻をあかしておじゃるわ、と心の中で悪態をついた。が、そのためわずかに遅れた。
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