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作品名:官位を授かった象 作者:じゅんしろう

第6回   6
象が長崎から江戸に向かう道中にあたって、将軍吉宗への献上のため、幕府から街道沿いの地域に対して通達が出ていた。
道の小石やごみを取り除いて綺麗にしておくこと、象の食料や飲み水を用意しておくこと、寺などは鐘を突かないこと、犬や猫は繋いでおくこと、むやみに家から出ないことなどなどである。なかには、火の用心をしておくこと、暖簾を仕舞っておくことなど意味不明なものもあった。象は神経質な生き物のためなどのようだが、昔から、役人は規制にかけては凄腕を発揮してきたようだ。
橋を補強し、川を渡るためには、筏を組み合わせて、安全に通過させねばならない。そのために多くの庶民が使役にかりだされた。そのことに不平不満があったとはいえ、しかし、人々は象を見たいのである。わくわくとした思いもあったろう。通達がどこまで守られたかは定かではない。象の一行は、商人の鄭大威をはじめとして象使いや、日本人の象使いの見習い、通詞、長崎奉行所からの役人など、総勢十四名である。役人などは、晴れ舞台といっていい。沿道の見物の人々に対しても、下がれ、下がれ、などと言いながらも、満更でもなかっただろう。大阪は象の話しでもちきりだ。したがって、大阪の庶民も役人がまだ寝ている比較的規制が緩やかな早朝のうちに、一刻も早く仮小屋に行って象をひと目でも見ようと思うのも、無理からぬ話しだろう。
友親は、その人々の後について行けばよかった。すでにその小屋の前は大勢の人だかりができていて、小屋のあちこちの隙間から覗いていた。ほー、とか、へー、とか歓声をあげている。なかなか友親まで番が廻ってこず、じりじりとした。こうなっては、使命のためと、慎み深くなどしていられない。友親も掻き分け押し出していった。
ようやく、隙間から覗くことができた。友親も一目見て、おもわず、ほー、と驚きの歓声を発した。
このときの様子は、友親の日記に綴られているのが、難解な漢文のためかみくだき、現代語風に訳してそれを見ることにしよう。 その姿、色は灰色で、牛よりはるかに大きい。なんと大きくまるで小山のようや。頭はなんと大きく、目は小さい。その鼻のなんと長く大きいことか。大きな口がその鼻に隠れるようにしてある。おまけに牙まで二本ある。さらに、なんと大きな耳であろうか。足はなんと太く丸太の柱のようや。いったい、どの位の目方なのか見当もつかぬ。(記録によると、そのとき八百貫位らしかったようだ。三トン近くということになる)このような獣は初めてじゃ。 と、なんとという形容詞を連発して書いてある。ただ、ただ、驚いたようだ。
しかし、実際に見たのはほんのわずかである。後ろの人々に弾かれるようにしてその場を離され押し出された。


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