―総長は、かねてより少々軽薄なところがある。が、己の欲を達成させるためには、ひとりでは出来ぬ。みどもを仲間に引き入れ知恵を借りなければ、願いは成就できぬということを知っておるのだろう。もしや、こやつ、あの文のことまで知っておるやもしれぬな。だから、わざわざ土御門の名までだしたのであろうか。 友親は、憎き土御門泰福に、屈辱的な書状を書かされたことを思い起こし、思わず両手を握り締め力を入れた。今の陰陽頭は泰福の息子泰連である。友親は、ろくに陰陽道の知識もない泰連の無能な薄っぺらな四十男の顔を思い浮かべると、むらむらと怒りが沸きあがり頭の中で殴りつけた。 「お話しはよく承りました。さすがは道真公の御子孫様で御座りますわ。総長様こそ、帝の侍従にふさわしい方とお見受けいたします」と、言ってのけたことだった。 坊城家に取って代われと言わぬところが、友親のずるいところである。総長は、道真の子孫と、自尊心をくすぐられて、すでに仲間内のつもりか、にたりと笑い、お歯黒を見せた。 翌日の夜、伏見から大阪行きへの三十石船に俳諧師に姿を変えた友親の姿があった。 大阪にいる象を偵察し観察するためである。公家は幕府の政策により、勝手に京を離れられない。さらに淀川の伏見と大阪間には、七つの船番所がある。が、象の偵察は、他の公家たちに知られてはならない極秘の任務であった 友親は一世一代の冒険をした。宮中には、風邪気味のため、二、三日自宅療養をすると、届けを出した。といっても、友親は下級公家であり、幕府の眼も緩い。ありていにいえば、誰も気にしていないのだ。 夕闇にまぎれて、京の二条から高瀬川を船に揺られ、伏見に出る。伏見の京橋の船着場から三十石船に乗り込み、大阪の八軒家船着場には朝方到着する。そこから、象が収容されている天満の仮小屋に行き、象を実地検分するというのが、昨夜遅くまで総長と練った案であった。 総長の言うところでは、帝がその象を見たいというが、必ず重要な問題が起きるというのである。 「はて、どのような?」 「恐れ多くも、帝の謁見を受けるには、無位無官ではどないもならしまへん。官位がいるではないか、どないだ」 「あっ、なるほど。では、象に官位を与えよ、ということですか。しかし、猫に官位が授けられていたことは知っておりましたが、象に官位を与えるなど前例が御座りませんな、よろしいのどすか」 「そうだから、千載一遇の好機というのだよ。きっと、ぼんくら公家どもは、前例のないことで右往左往するに違いない。きっとそうなると、麻呂はみておる。しかし、誰しも象が見たい。そこで麻呂が、官位を授けては如何でありましょうかと、意見を具申するというわけじゃ。さらに、それが通ったら間をおかず、麻呂が名と官位を披露するという手はずじゃ。そうなれば帝の覚えも目出度い。麻呂の願いが叶うた暁には、おはんの家のことも、きっと口添えする、どないだ」 「ははあ、それは名案でおまんねん。恐れ入りまんねん」 友親は総長の顔をまじまじと見た。内心、いささか軽薄のところ有り、と人物眼を決め付けていたが、少し見直す思いであった。
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