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作品名:官位を授かった象 作者:じゅんしろう

第3回   3
「なんと、帝が…」
 「うむ、どうじゃ?」
 「と申されますと?」
 「うう、しんきくさいのう」 総長は、内心、これだから泰福めに屈辱的な一札を書かされるのよ、と思った。このことは宮中では、ごく一部でしか知られていないことだが、総長は地獄耳である。かねてより、宮中内に情報網を張り巡らしている。その為、苦しい家計の中から少々金子も使うが、栄達に役立つと思えば意に介さない。総長の願いはただひとつ、文章博士で侍従(蔵人、蔵人頭を兼任)の家柄である坊城家を凌ぐことである。坊城家の家格は名家で、したがつて半家である高辻家より序列が上である。さらに、憎き時平の藤原北家の流れを汲むのである。今の当主は俊将で同族の勧修寺家からの養子であり、年は総長より若く三十歳だ。だが、総長からみれば女好きで、遊び好きのただのぼんくらでしかない。ろくに学問もなく、文章博士とは片腹痛いと思っていた。そういう総長もさほどのことはないのだが、当人はそうは思わず、宮中一の切れ者だと自負しているから、始末に悪い。
―それが、歳も近いことも会って帝に取り入り、象の話しを面白おかしく言ったのであろう。そのため、帝が是非見たいと仰せになった。麻呂には、そのような軽薄な言動はできぬ、太鼓もちのすることよ。 総長は俊将の白いうりざね顔のきつね眼を思い出すと、それを頭の中で噛み砕いた。
かねてより、何とか官位をあげるために抜群の功績をあげ、この若造を一泡噴かせたいと考えていた。今が絶好の機会である。事をなすには他に協力者がいる。そこで、幸徳井友親のことを思い浮かべたのである。友親も、土御門家に対して、恭順の態を繕っているが、本心はさにあらず、と睨んでいた。内心、陰陽頭の復権を狙っているはず、そこのところをつけば、話に乗ってくると踏んでいた。こやつを我が陣営に引き入れ、二人で事に当たれば、きっと上手くいく、と確信していた。当人は認めたくないようだが、人を煽ることには長けているが、大振りな顔つきと同様に、緻密なところにいささか足りないところがあった。したがって、自分ひとりでは心もとないのである。
「これは、我らにとってはまたとへん好機ぞ。友親も土御門の鼻を明かす良い機会ではおまへんか。どへんだ」 総長は早くも、我ら、と同士扱いである。
友親もここで総長の真意を理解した。坊城家を凌ぎ、あわよくば帝の侍従に取って代わりたいのだと。


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