「こうなれば、前例がありませんが象に官位を与えましょう」と、若々しい声が清涼殿に響き渡った。声の主は、精華家の家格の久我通兄だった。いまは権中納言で、今年二十歳の青年公卿だ。 しまった、と総長は気が動転し、慌てた。 「麻、麻呂もそう考えて、官位を考えておりたんや。安南従四位白象はどへんでありまひょか?」と、広南と言うべきところを、安南と間違えた。 とたんに、「安南の安はだめでおじゃるよ。帝にたいして安っぽい国から来たことになる。恐れおーいことじゃ」と、通兄。まわりの公家も、異口同音に、そうじゃ、そうじゃの大合唱。 「麻呂が聞き及んでおるところでは、広南というところの生まれだというそうでおじゃる。広南と変えて、あと、高辻はんのいわっしゃるように、広南従四位白象がよろしいのではあらしまへんか」と、通兄の声には澱みがない。 また、おお、それはよろしいとの公家たちの大合唱が起った。 これで、官位と名がきまり、話しは決まった。早速、官位を授ける手続きを進めた。総長の手柄は吹っ飛んでしまったといってよい。総長は、すごすごと清涼殿をでると、ひとり、人のいない別部屋に入っていき、無念で身を震わせ続けた。 じつをいうと、通兄は昨日のうちに、象を見学していたのである。通詞にいろいろと質問をしたのだろう。象の色は灰色なのだが、白象は神聖視されていると聞いていたので、白象という名には異議は唱えなかった。若いから動作が軽やかで頭が柔軟である。そのときのことは、通兄公記に記されている。漢文だが、簡単なのでそのまま原文を示すことにする。 誠奇怪物也、長鼻其色如鼠、人跨背 である。まことに要領がよく簡潔である。 また、総長は嫌われていた。何かにつけて道真公の末裔をほのめかす。当人は軽く匂わせたつもりでも、他人はそうは取らない。長く係わっていれば、自然とその人物が分かるものである。知らなかったのは当人だけだった。一瞬を捉えて、他の公家たちは総長を放り投げたのだ。その話しは、すぐに友親の耳に入った。しくじりおったな、あのたわけが、と地団駄踏んでもどうにもならない。数日前からの身体のだるさがまだ抜けなかったところに、今度は急に熱がでたようだ。友親は、そのまま、また風邪がぶり返したようだからと、宮中を退出した。実際、家に帰るとそのまま寝込んでしまったのである。
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