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作品名:官位を授かった象 作者:じゅんしろう

第1回   1
幸徳井友親は、供もつけずに提灯をみずから手にして、半家の家柄である高辻家へと、あたふたと京の夜道を急いでいた。当主の高辻総長から、極秘で火急の用ありとの文が届いたからである。
 友親は、れっきとした公家である。だが、昇殿の許されない地下家であり、総長は昇殿の許される堂上家で最下級の半家とはいえ身分の差がある。したがって、友親のほうが一回り半ほど年上であるが呼びつけられ、さほどの付き合いが有るわけでもないのに、といぶかしみながらも、齢六十近い身をひとり急がせていた。文には供もつけずに来いとしたためられていたが、貧乏公家である友親には、はなから供などいない。高辻家の居所がある、新鳥丸通丸太町上ルに着いたときには、陰暦四月の今宵はなま暖かく、額から汗が噴出していて、玄関先で汗を拭い、息を整えなければならぬほどだった。
 幸徳井家は陰陽道、暦道により、天皇に使えている家柄であった。友親は陰陽助である。陰陽頭は、土御門泰連が任じられていた。有名な陰陽師安倍清明の末裔である。が、幸徳井家は、庶流ながら賀茂氏勘解由家の末裔であり、清明の師匠筋にあたる。もっとも、幸徳井家にはその安倍氏から養子に入っているのでややこしい。が、家という観点からすれば、あくまでも師匠筋にあたると友親は考えている。二家には、昔からその座を廻り権力闘争があった。事実、友親の前三代は陰陽頭に任じられていた。その前は、土御門家であったのだが失態により職を辞し、幸徳井家に譲られていた。しかし、土御門泰福が返還要求を起こし、十二年の長い争いの後、友親の父友博が三十五歳という若さで急死したため、当時の兄友信が病弱のうえ幼少ということで、泰福が陰陽頭になった。それから半世紀近く経っていた。兄の友信も失意のなかで死に、今は友親が幸徳井家の当主である。当然、友親からすれば、その地位を簒奪されたことになる。
 朝廷の陰陽頭は、諸国の数万人といわれる陰陽師の支配・免許の権を握る。貢納金などの経済的利益は大きい。その収入の道を絶たれ、さらに泰福により、安家(土御門家)に対し少しも異存御座候、という書状を書かされている。恨み骨髄であった。さらには、貞享の改暦後、造暦の実権は幕府の天文方に移されていて、いまでは、それに注釈を付け、吉凶を占うだけという有様だ。泣き面に蜂、とはこのことだろう。
 おとないを訪うと、家僕に案内されて、奥深い座敷に通された。が、すぐに総長は現れない。薄暗い灯火のなか、ややしばらく待たされた。内心、勿体つけやがって、とじりじりとしていたが、その思いは額に深く刻み込まれた年輪のなかに毛ほども見せない。その処世術は、長い宮中生活の中で身に付けられていた。気持ちを切り替え、呼ばれた理由を考えた。


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