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作品名:明武谷村の女房たち 作者:じゅんしろう

第9回   9
夕刻、戻ってみると、また、シゲとヨシが店の前に立っていた。やはり、二人とも朝から落ち着かず、そわそわしていたと口を揃えて言った。
調べてみると、トキの漬物が三袋、シゲの濁酒が二瓶、ヨシの甘辛揚げが五袋売れていた。亭主たちの取り分の生野菜も結構さばけていた。前回よりも売り上げが確実に増えたということだ。料金も所定の金額が納められていた。投書箱には何も入っていなかったが、十分なてごたえを感じた。わずかであっても、現金収入が他の手段で得ることができるのは有り難かった。口コミで早く広まってくれればいいな、とシゲとヨシが声を揃え、顔をほころばせた。
丁度そのとき、前村長の中山貞吉候補の選挙カーがやってきた。トキたちを見つけると、車を止め、いかつい身体を揺らしながら、貞吉が満面の笑みを見せながら駆け寄ってきて、トキさんのご主人の安野弥吉さんには、たいへんお世話になっておりますなどと、三人の亭主の名前をあげ、トキたちと握手を交わして車にかけ戻っていった。そのとき、無人販売所をちらりと一瞥しただけで関心は示さなかった。トキはそのとき、この人は村人の思いや変化にさほど関心を払っていないように感じた。
夜、弥吉が戻ってきて、好子は病気と称して学校の勤めに出ていないようだ、と教えてくれた。トキは市蔵が、娘が選挙のどさくさにまぎれて、並吉と会うことを恐れて、無理やり家に押し込めたのではないかと思った。そうだとすると、二人の仲は相当のところまでいっているな、と想像できた。戦前なら、親の一括で泣く泣く娘が諦める、ということで済むことが多いが、昭和五十年代の今は、そうはいかないのだろう。好子にてこずっているのかもしれない。それにしても、市蔵はひどいことをするものだと、トキはあらためて思ったが、どうにもできないことに変わりはなかった。
次の日、少し離れたところに住む、山岸トミから電話があった。用件と言うのは、明後日、亡くなった旦那の祥月命日に、顔を出してはくれないかとのことだった。トキは、すぐにピーンときた。
トミは、六年前に夫に先立たれた四十代前半の未亡人だった。隣町の高校に通う一人娘がいるのだが、親戚の家に下宿させて、今は一人で農業をして生計をたてていた。そのため、娘が学校の休みのとき、帰郷して手伝っていたのだが、それができないときなどには、トキたちが手を貸したりすることがあった。


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