トキは黙って聞いていたが、二の里の立候補者の件は初耳だったが、その二人のことは、とつくに耳に入っていた。情報源は、近所の噂好きの松、竹、梅という名前のお目出度トリオからだった。亭主の弥吉には、知らん振りしていたが、トキには、いろいろとネットワークがある。弥吉はトキに隠しているつもりでも、お見通しのことが多い。弥吉はトキの手の平の中である。 トキは弥吉の話を聞きながら、好子の母親の顔を思い浮かべていた。名前は静と云い、かつての村の小学校の同級生だった。トキは、活発な性格で、小柄でふっくらとした身体つきをしていた。対照的に静は細面の静かな少女だった。やはり、源平の争いの影響で、口をきくことは少なかったのを覚えている。卒業してから、ずっと顔を見ることはなかったが、噂で市蔵と結婚したのは知っていた。再び顔を見たのは、四年前の村長選挙のときだった。選挙カーの車中だったが、中学時代の面影を色濃く残していた。 ―あの静の娘がねぇ、どのような娘なのかな。 トキは、後の弥吉の話は、うわの空で聞いていた。 翌日から、トキは農作業の傍ら、無人販売所のことで熱中した。販売用の漬物作り、それを詰めるための、透明なナイロン袋や値札などを買い揃えたりした。シゲとヨシも、亭主の説得に成功したようで、亭主たちは選挙や祭りで忙しいのにと、文句を言いながらも、結構楽しそうに物置を改装し、道路沿いの設置に協力してくれた。これも、ひとつの祭りのつもりなのだろう。こうして、わずか一週間後には、開店の準備が整った。 日曜の朝になった。トキたちは朝の陽のなかで開店のために、忙しく立ち働いた。店の屋根には、無人販売所と、大きな看板を掲げた。両横には、車から目に付くように品物と料金表を書いておいた。天気の良い日は、店は開けっ放しである。台の真ん中に、シゲの濁酒の入った小さな瓶と、両横にトキの漬物とヨシの野菜の甘辛揚げを置いたが、下に亭主たちにも小遣いをとの要求と意見があり、かぼちゃや茄子などの季節の野菜を置いた。ただ、これらは形の規格外やほんの少し傷があるため、農協にはねられる作物だった為、格安の値段にした。このことにも、トキは大いに不満をもっていた。味の良し悪しにはまつたく関係なく、単なる見た目だけで決められていた。トキは作物に自身をもっている。いまの世の中の風潮はおかしく、戦後の食糧難のことをすっかり忘れている、とも思っていた。さらに、愛情を持って育ててきた身にとっては、作物に対して失礼だし差別だとも考えていた。あとは購買者の善意を信じて、料金箱に金を払ってもらうことを祈るだけだった。
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