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作品名:明武谷村の女房たち 作者:じゅんしろう

第5回   5
二人は怪訝な表情をしたが、トキの話を聞くうちに、目が輝き頬を紅潮させた。
トキの相談というのは、家の道路沿いに、トキの漬物、シゲの濁酒、ヨシの野菜の甘辛揚げを、車で行き来する観光客相手に売る、無人の直売店を共同で、日曜、祝日に開こうというものであった。経費もさほど掛からず、うまくゆけば小遣い稼ぎにもなる。農産物の販売は農協を通すだけの、まだ、そのような個人の直売店が無い時代だった。先行きじり貧で、農業に展望が開けるとは思えない。何か、手を打たねばならないという思いは、三人とも一緒だった。二人はトキの提案に、その場で承諾した。
亭主の承諾は、三人とも問題はなかった。最初は、農協に遠慮して、渋るだろうが押し切る自身はあった。すでに、家の力関係はとうの昔に逆転していたのである。かかあ天下といってよい。問題は、濁酒の販売だった。以前、テレビのニュースで、濁酒の個人製造が問題になったが、おおっぴらに濁酒開きを催し、挑戦するように税務署長に招待状を出しても、逮捕することはできなかった。そのことから、慎み深く、遠慮して販売すれば、トキは大丈夫だとふんでいた。かりに、問題が起きても、その時はその時で対処すればよい、とも考えていた。また、役人の自分たちに都合の良い法律にも、少々反感があった。濁酒の名称は、カモフラージュのため般若湯という、坊主の隠語を使うことを考えていた。そのとき、川の反対側にある鳳徳寺の、助平和尚のはげ頭が思い浮かんだが、心の中で舌を出した。
建物は、家の裏に放ってあるプレハブの物置小屋を手直しして、使うことに決めていた。そのほか、細かいことの打ち合わせに、三人は夜遅くまで熱心に話し込んだ。
翌朝、トキがまだ眠そうな目の弥吉に計画を打ち明けると、案の定、農協の件を持ち出したが、農閑期の二人の湯治の費用を稼ぎ出すためという言葉に、すぐに折れた。弥吉もトキの本好きは知っていて、いろいろなことを考えている女房だと思っていたのである。
「で、寄り合いはどうだった?」と、トキが水を向けてやると、「おう、そのことよ。また厳しい戦いになりそうだ。驚いたことに、まだ、誰だかわかんねぇが、こんど初めて二の里のもんも出るらしいとのことだ。まあ、出ても落選するに決まっているがな。それよりも、それとは別の話しだが、貞吉さんのところの息子の並吉と、市蔵のひとり娘の好子がえらいことになっているとの噂で持ちきりだ」と、弥吉はさも驚いただろうと言わんばかりに話し出した。
貞吉とは、前村長の中山貞吉のことである。捲土重来を期していた。代々、一の里の有力者の家系だった。木曽義仲のすぐ側近くに使えていた家柄だと吹聴していて、それが自慢だった。が、口さがないもののいうところでは、確かにそうかもしれないが、単に義仲公の馬の口取りだ、と、陰でいうものもいた。実際、前回村長選ではそこを衝かれ、馬喰あがりという、怪文書が出まわったほどだ。二十代半ばの並吉は、次男で村役場に勤めている。市蔵とは、現村長の竹本市蔵のことである。こちらは、平家の落ち武者の有力者の家系ということになっていた。一の里のものは、村長と云うことはなく、陰では名前で呼びすてにした。好子は、二十代前半の娘で小学校の事務員だった。どうも、犬猿の仲の家の二人が好きあって、時々隠れて逢引しているところを、村の誰かが見たとのことだ。そのことで、貞吉の家では、いま大騒ぎだという。


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