村の人口は、かつては千五、六百人ほどいたが、今は千人を辛うじて保っているに過ぎない。それだけに接戦で、票の読みが難しくなってきていた。ついには、前回の選挙は二票差で一の里の現職候補が負けた。今度はその雪辱戦である為、男たちは燃えていた。が、トキからすれば、どちらがなっても変わりがないと思っていた。一の里のものが勝てば、村内融和としょうして三の里に気を使うし、三の里のものが勝てば、一の里に気を使う。代々がそうだったし、さほど政策といえるものはなく、違いがないのである。村長という名誉職が欲しいだけのようにしか見えなかった。端的に言えば、男の遊びか道楽、あるいは祭りだと思っていた。男たちも、米の刈り入れも終わり、農作業の一番忙しい時期を終えているから、大義名分のもと、選挙戦に汗をかくことができ、生き生きとしていた。ただ、秋祭りと重なる今年は、二倍の忙しさであるが。 しばらく三人で、当たり障りのない世間話をしている間に、陽が落ちてきて山陰が濃くなり、空が赤みを帯びてきた。同時に、急に気温も下がってきたようだ。 「そろそろ、支度をするか」と、トキが言うと、ヨシとシゲも、あいよ、と答え、三人は家の中に入っていった。三人は、しばらく台所で川魚を焼いたり、野菜をてんぷらで揚げたり、忙しく立ち働いた後、それらを居間のテーブルに並べた。 これから、女たちだけで小さな宴を催そうというのだ。じつは、それぞれの子供たちが独立して家を離れてから、亭主がいないときに、持ち回りでこのような宴をするようになっていたのである。今夜の亭主たちの帰宅は、遅くなるに決まっていた。 テーブルの上には料理のほかに、三つの小さな瓶が置かれてある。ヨシとシゲの持参したものと、トキの家のものである。それは、自家製の濁酒であった。三人は柄杓で自分の家以外の濁酒を茶碗に注ぐと、乾杯というようにそれを掲げて、呑んだ。 ヨシの家の濁酒は、甘口であり、シゲのは、やや酸味が利いている。トキのは、その中間といったところだ。濁酒は、家によってそれぞれ秘伝があり味が違う。トキは、シゲの家の濁酒が好きだった。いや、この近辺の家の濁酒は、一通り飲んでいたが、シゲの家のものが、一番美味いと思っていた。この村で一番かもしれないとも考えていた。トキは、ヨシが作った甘辛く揚げた野菜を食べた。それは、スティック状の牛蒡やにんじんなどで、大変美味しかった。ヨシは、自分では気づいていないようだが、鋭い味覚の持ち主だった。トキは、これならいけそうだと、自分の計画に確信を持った。 「なあ、二人に相談があるずら」と、トキは切り出した。
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