20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:明武谷村の女房たち 作者:じゅんしろう

第3回   3
「そりゃあ、ばあ様に、しこたましごかれたからね」
ばあ様とは、弥吉の母で十年前に亡くなった姑のキンのことである。何度もやり直しを命じられ、気丈なトキも何度か、ひそかに涙を流したことだった。キンが亡くなると数年の間に、トキの三人の子供たちは高校を卒業すると、それぞれ都会の会社に就職し、この地を離れた。今、家は弥吉と二人だけになっていた。トキは、長男の光吉が農家を継がず、東京の電子会社に就職したいと言ったとき、あえて引きとめはしなかった。弥吉は渋ったが、好きにさせてやりたいと、側面から支援した。トキはトキなりに考え、くるくる変わる政府の農業政策に明日はない、と見限っていたのである。この代で終わってもやむをえない、とも考えるようになっていた。人にはいわないが、十代の頃より乱読で、あらゆる類の本を読むことが好きだった。毎月送られてくる農業関係の月刊誌を、弥吉よりもトキのほうが、隅から隅まで読んでいたのである。その為、現場を知らない、政治家や役人の無策無能を痛感し、その結果、そういう考えを持つにいたった。さらに、トキは昔から太っ腹なところがあった。次男の吉広は、横浜の自動車製造会社に就職していたが、幸い長女の泰子は縁があり、車で三、四十分ほどの隣町に嫁いでいて、ときおり自分で車を運転して、孫を連れて様子を見に来てくれるので、寂しさは感じてはいなかった。隣町は谷が切れたところにあり、国道や鉄道が通っている。ちなみに明武谷川はそこから右に折れ南下して、天竜川と合流する。
ヨシとシゲの子供たちもこの地を離れていて、他の同年代の家族は似たようなものだった。それより下の年代の家族も、いずれ同様なことになるだろう、とトキは見ている。
トキは、このような状況では亭主たちも、あれに熱中するのは無理もないかもしれない、とも考えていた。
あれとは、村長選挙のことである。代々、村長は一の里と三の里の出身者が争ってきた。いつも僅差である。じつは三の里のものは、これも定かではない言い伝えであるが平家の落人ということになっていた。したがって、これを称して、源平合戦といわれていた。当然、昔から仲が悪い。が、どちらも義経に滅ぼされたものであるから、共通の敵は義経である。さらには、二の里はどちらとも関係がなく、いわば無党派層地域といえた。それが緩衝地帯になっている。さらに、村役場や学校などは二の里にある。そのようなことから、今日に至るまで、流血沙汰というような決定的な対立は無い。が、なにかのおりに、対抗心が剥きだしになることがある。そのひとつが村長選挙という訳だ。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 81