20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:明武谷村の女房たち 作者:じゅんしろう

第2回   2
「 おおい、トキ。これから寄り合いに行ってくるずら」と、亭主の弥吉がそわそわしながら、家の前で秋巻き野菜の下準備をしている、女房のトキに声を掛けた。
「あいよ」トキは弥吉の顔を見るでもなく、作業の手を休めることなく答えた。
弥吉は、仕事をしているトキを置いて、ひとり行くことに後ろめたくもあるのか、すぐには動こうとはせず、そこに佇み、じつと待った。ややしばらくして、ようやくトキが振り返り、「早く行かなけりゃ、皆待っているづら」との言葉に、やや気の小さい弥吉は救われたように、「ああ、そうだ。で、今日は大事な話もあり、酒も出るから、少し遅くなるずら」と言って、わざわざトキに向かって片手を挙げ、ようやくのこと出かけて行った。
その後も、トキは作業を小一時間ほど続けていたが、ようやく一段落したのか、顔を上げると、額の汗を首に巻いた手拭でふき取り、庭に面した家の縁側に腰をおろした。
トキの家は、明武谷村を形成する最初の領域で、村うちでは一の里と呼ばれているところにある。下って順に、二の里、三の里である。つまり、明武谷村の一番初めの開墾地域ということになる。それだけにこの地区の人々は、明武谷村を作ったのは、我々だという意識が強い。さらには、言い伝えで定かとはいえないが、われらのご先祖様は木曽義仲の残党で、源氏のながれを汲む、由緒正しき家系である、と自負していた。
トキは川の対岸の山々を、小さな目でしばらく眺めていた。年齢は五十代であるが、まだまだ若々しい印象を人に与える。陽はまだあるが、少しずつ影になっていき、やがて、それが濃くなった頃、夕焼けで空が赤く染まる。それまで、陽だまりのなかでのんびりと過ごすひと時が好きだった。米の収穫を終えた秋の今頃、このような日が多い。
トキは何かを思いついたようで、電話を掛けるために部屋に入り、掛け終えると台所でごそごそと動いた後、また、いろいろなものを乗せたお盆を抱え込むようにして縁側に戻ってきた。それを縁側に置くとそのまま庭に降り、農作業の後片付けをしだした。それを終えたころ、隣家のヨシが手に小さな瓶を携えてやってきた。隣家といっても、都会と違い背中合わせというわけではない。間に、畑用の農地があり広い空間を作っている。
「うちのもさっき行った。シゲは?」
「ああ、もう来るはずだ」と言いながら、トキは部屋の縁側近くに置いてある火鉢から湯気を上げている鉄瓶を取ると、三人分のお茶を入れた。と、推し量ったように、反対側の隣家のシゲが、やはり手に同じように瓶を携えてやって来た。この三人は同年代だった。
「うちのは、今、慌てて行ったよ」と、シゲはヨシと同じようなことを言う。
「いつものことだけれど、殿方はどうして、あれが好きなのかね」と、ヨシが言うと、「血が騒ぐのづら」と、トキは言い、ずずずっと、お茶を啜った。ほかの二人もうなずくと、お茶を啜り、トキの用意した茶うけの漬物に手をだし口に入れると、いつものことだけれど、トキさんのところのは旨いねぇ、と同時に言った。茄子や蕪の漬物などは絶品で、トキの漬物は村一番という評判を得ていた。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 81