トキは、早めに投票するために一の里の集会所に行ったが、さすがに、一の里を裏切る後ろめたさがあった。投票用紙に村井大助と書くとき、微かに手が震えたが、もう、後にはひけない、と思い、書ききった。後は、結果を待つだけだ。家に帰るとき、寺の前を通ったが、貞吉の家のすぐ近くだ。弥吉によれば、並吉は急病ということになっていて、役場を休んでいるということだ。その並吉が、この寺に潜んでいるとは、誰も考えないだろう。灯台下暗し、ということでここを選んだが、上手くいった、と思った。 今日は、休養日ということで、後は一日中家でのんびりするつもりだ。弥吉は朝から選挙事務所に詰めていた。夜まで、何もすることは無いはずなのに、何をしようというのだろうと、可笑しかったが、知らん振りをした。 シゲとヨシの家も同様に休みのようで、昼過ぎ、二人がトキの家に遊びに来た。約束どおり、村井大助に投票したと言った。トキは二人に謝意を示したが、ばれた場合のことを考えて、あくまでも、村の将来の為という大義名分を掲げようと誓い合った。そうすれば、それで押し通すことができ、無用な軋轢を回避できるはずだ。トキは、二人にはそう言ったが、巻き込んでしまったことに、申し訳ないとも思っていたと同時に、二人の友情に熱いものを感じていた。この二人は生涯の友だとあらためて思った。 それから、無人販売所のこれからについて、話し合った。シゲとヨシは、すでに、何台かの車がそこで止まり、何らかの品物を買っていったと言った。今日の結果で、何らかの方向が見えるかもしれない。とにかく、良い方向に進んでいることは、確かなようだ。シゲとヨシは、夕刻販売所で会う約束をして帰って行った。その後、トキはしばらくぼんやりと過ごした。思えば、忙しく神経を使い続けた数日間だった。よくやったと、自分でも思ったほどだ。これも、販売所を作ったお陰ではないか、とも、思う。トキのなかに何かが芽生え、育ってきているようだった。もしも、村長選挙のことで困難なことが起ろうとも、撥ね付けることが出きそうだった。トキは、目を閉じそのまま眠った。 トキさん、トキさん、という声で目覚めた。目をあけると、シゲとヨシの顔が真上にあった。待てど暮らせど来ぬ人を、とヨシがおどけて言った。疲れているのだね、とシゲが言うのを、なんの、これしき、と、トキはいきよいよく起き上がった。疲れは、すっかり取れていた。
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