シゲとヨシは、何をいまさらと、口々に言ったが、居直られると、水掛け論になることは、目に見えていた。そのとき、トキはシゲに、「そうそう、ギンさんも、お参りへらいといっていたから、もう、そこまで来ているかもしれねぇだ。もう、年だから手を貸してやってくれねぇか」と言って目配せした。シゲは、おお、そうだった、と言って庭に出た。すぐに、ギンという八十歳がらみの、老婦人を伴って、丁度ここに着いたところだったわ、と言いながら居間に入ってきた。 それを見て、またまた和尚が、ぎょっ、となった。 ギンは、和尚の前にきちんと座ると、随分とお久しぶりですね、あれ以来かね、と意味深長な口ぶりで言った。その言葉に、和尚は、むむむっ、と唸ったことだった。 トキは、ギンに、並吉と好子のことを話し、いま和尚さんに頼んでいるところなのですよ、と状況を説明した。 「おお、それは良いことじゃ。お釈迦様の功徳というものだね。お引き受けなされ」とギンが言うのを、「いや、拙僧は…」と、和尚は歯切れが悪い。 「いや、この村の為にもなることじゃ、是非にもお引き受けなされ。それとも…」と、ギンは目をきらりと光らせて言った。これには、和尚はたちまち額に汗を浮かべて、こくりと首を垂れ、承諾をしたことだった。トキのほうが一枚上手で、自分の敗北を認めざるをえなかった。今夜、夜陰に乗じてふきに、二人を連れて行かせるからとの、トキの言葉もうわの空で、和尚は家を逃げるようにして出て行った。 早速、トキはトミの家からふきの家に電話を掛け、上々の首尾を報告した。 その後、トミの家の庭の横で隠れていたときはどきどきしたとか、トミさんの泣く真似が真に迫っていて、とても良かった。もう、トミさんに悪さをしないだろうなどと、いまの和尚との顛末を面白おかしく話し合っていた。だが、シゲとヨシとトミの三人は、白を切ろうとした和尚がギンの言葉にあっさりと従ったのを不思議に思ってか、何度も首を傾げていた。ギンは、ただ、にこにこしているだけである。 トキだけは姑のキンから聞いていて、その理由を知っていた。じつは、キンとギンは幼馴染でだいの仲良しだったのである。 話しは、五十年ほど前に遡る。ギンは明武谷小町と云われるほどの器量良しだった。だが、三十歳そこそこで、亭主を流行り病で亡くし、未亡人になってしまったのである。子供はいなかった。かつて、小町と称されたほどの美人である、男が放っておくわけがない。そのころ、寺の見習いで、血気盛んな和尚が、あろうことか、夜這いをかけ、こっぴどく叱られてギンの家から叩きだされたという、経緯があったのだ。そのため、和尚はギンには頭が上らないのである。世間に知られることはなかったが、ギンはキンにだけ打ち明けていた。その後、ギンは隣町の資産家と再婚したが、二度目の亭主にも先立たれて、つい、半年ほど前に、余生を過ごすために一の里にふたたび戻ってきていたのである。やはり、子を成さず一人だったため、姑のキンとのこともあり、世話好きなトキが、何かと面倒をみていたのであった。トキは、したたかな和尚のことだから、居直られた場合のことも考えて、トミのことで相談し、ギンに頼み込んでいたのである。そのときギンは、お迎えが来たら、あの世のキンさんへの土産にしましょうかね、と、笑って引き受けてくれたことだった。
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