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作品名:明武谷村の女房たち 作者:じゅんしろう

第13回   13
その昼過ぎのことである。
善恵和尚は、黒染めの衣をひらひらさせながら、トミの家にいそいそと向かっていた。今日こそ、トミをわしに靡かせ、その気にさせたいと願っていた。本人は仏に仕える身として、取り澄ましているつもりでも、いま他人から見れば、単にぎらぎらと脂ぎった狒々爺にしか見えないだろう。それほど、トミに執心していたといえる。
トミの家に着くと、和尚は、おやっ、と思った。普段なら警戒しているためか、通りすがりの人が家の中をわざと見えるようにしていて、あるいは何かあってもすぐ家から飛び出せるように開けっ放しにしているのに、今日は閉め切っているのである。かってないことであった。留守かな、と思いながらも、玄関のベルを押した。ややしばらくして、はーい、とトミの愛しい声が聞こえ、その姿を見せた。いつもなら警戒して服をたくさん着込んでいるのに、今日は薄着のもんぺ姿で、身体の線を強調するような服装だったのである。思わず和尚は、ごくり、と唾を呑み込んだほどだ。
仏間に入り、和尚は読経をあげはじめたが、後ろに座って控えているトミのむっちりとした胸の膨らみや張りきった太腿が、脳裏に焼きついてしまって、気もそぞろになるのだった。読経を終えると、居間に戻り、いつものようにお茶を一杯所望した。ほかの家なら、お布施を懐にすると、すぐに、そそくさと退散するのだが、トミの家では、何かと理由を付けて、長居をする。
さらに、あろうことか、今日はお茶菓子付きで、さらには、側近く座って身を硬くしている。これまではテーブルを間に挟んで距離を置いていた。いよいよ和尚は、ついにトミはわしに靡く決心をしてくれたかと、勘違いするのも無理からぬところだろう。
和尚は早くも、からからに乾いた喉に、お茶をがぶりと一飲みして流し込むと、ついに我慢できなくなったのか、「ト、トミさん、わしはあんたのことがずっと前でから…」と、トミににじり寄り、手を掴んだ。 「あれー、和尚様何をなさるのづら。いけねぇ」と、トミは声をあげた。 「な、な、いいではねぇか。トミさんだって、満更でもないづら」と、さらに握った手に力を込め、引き寄せようとした。 「あれー、いけねぇ。誰かー、誰かー」とトミは芝居がかった声をだして、逃れようとする。 「いや、誰も来はしねぇよ。この家は二人きりだ。な、な」と、和尚はもう汗だくである。
そのときであった。


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