20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:明武谷村の女房たち 作者:じゅんしろう

第11回   11
次の日の夕方のことである。幼馴染で仲良しの田乃口ふきから電話があった。大事な話しがあり、知恵を貸してくれないか、という内容だった。詳しい話は来てくれたとき話すと言い、さらに、誰にも知らせず目立たぬように来てくれという、注文付きだった。このようなことは、かってなかったことなので、二つ返事で承諾し、取る物も取敢えず駆けつけることにした。亭主の弥吉は選挙事務所に行っており、帰りは遅くなるに決まっているから問題はない。ふきの家は、一の里の北よりのはずれにある。この時刻になると、路線バスも走っておらず、村人の車もほとんど行き交うことはない。トキは、目立たぬ服装に着替えて、薄暗くなりかけた道を歩いて行った。ふきはすでに亭主に死に別れていて、子供たちもとうに独立し、村を出ていた。このように、村には一人暮らしが多くなっていた。十五分ほどでふきの家に着くと、ふきは辺りをすばやく見回して、トキを家の中に入れた。
「どうへら」 「うん、ちょっと厄介なことが起きてね。居間に行けば分かる」
そう言われて居間に入ると、そこには若い男女が不安そうな顔つきで座っていた。その男の顔を見て、トキは、あれまー、と思わず声をあげてしまった。男は並吉だったのである。女ははじめて見る顔だったが、静の面影を色濃く残していたので、好子に違いないと確信した。挨拶を交わすと、果たして、そうだった。
ふきは、二人の前でトキに簡単に経緯を説明しだした。それによると、好子が、選挙のどさくさに紛れ、家を飛び出して並吉に会いに来たという。以前並吉から、貞吉の従妹のふきに、子供のころから可愛がられ、いまも親しくしていたということを聞き知っていたので、頼ってきたということだ。そこで、ふきが並吉に連絡を取り、貞吉の家のものに悟られぬようにして、家に来るようにと指示した訳である。ふきも、反目しあってきた二つの里の永い歴史の経緯があるとはいえ、現代においても、若い男女を引き裂くようなやり方に反発を持っているようだ。
好子は、これから二人で駆け落ちをするか、それが叶わぬなら、明武谷川に身を投げる、と泣きながら言い出して、おとなしい並吉もおろおろするだけだし、ふきも困り果て、トキに相談するために連絡を取ったという次第なのだ。
話しを聞き終えたトキは、あらためて好子の顔を見た。静と同じように細面でおとなしそうなので、若い娘の一途さとはいえ、どこにそのような情熱を秘めているのかと思った。
トキは前から若い二人に同情していたので、できるなら結ばせてやりたい、深い山脈の映画のような結末にだけはさせたくなかった。トキは頭をふる回転させ始めた。
―今頃静の家は大騒ぎになっているだろう。面子があるので、おおっぴらにはできないが、密かに捜索の手をだしているに違いない。あるいは、ひとり娘のため、我を忘れて貞吉の家に怒鳴り込むことも考えられる。そこまでならなくても、並吉も捜索されているのは間違いない。ふきの家に隠れても、すぐに気づかれるだろう。かけ落ちという、最悪なことは避けさせてやりたかった。たとえそうしょうとしても、すでに手が回っているだろう。これから隣町に向かうことはすぐに気づかれ無理だ。温泉宿などに隠れることは、一番愚策で、見つけてくださいといわんばかりだ。どこか、盲点というところの隠れ場所はないか。選挙が終われば、皆の頭も少しは冷えて冷静になることができるから、それまで隠れることができればよい。 そこまで考えたとき、トキの頭の中で、ぱつ、と閃くものがあった。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 81