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作品名:明武谷村の女房たち 作者:じゅんしろう

第10回   10
トミはぽちゃぽちゃつとした顔と身体つきでボリュウムがあり、可愛らしい目の、おちょぼ口で、なかなかチャーミングな顔立ちをしていた。そのトミに、川向こうの鳳徳寺の住職で妻に先立てられていた善恵和尚が、以前から言い寄っていたのである。もう七十歳になろうかという歳だが、はげ頭の、てらてらと脂ぎった顔をしていた。前々から檀家周りで、なにかと助平なことを言っていて、この地域では評判の生臭坊主で知られていた。最近、トミの娘が家にいなくなると、露骨になりエスカレートしてきているらしく、そのことで、この間もトキに相談をしていたのであった。
「あいよ、そろそろ、亡くなった旦那さんの七回忌の時期も迫ってきたことだし、その相談ということで、お参りさせてもらうよ」
「あ、すいねぇだ、助かるっしょ。和尚さん、最近しつこくて困ってしまうからや」と、トミはつい本音を漏らしたことだった。
―あのエロ坊主にも困ったものだて。なにが善恵だ、よくいうよ。なんとかせにゃいけねえな。 トキは、心の中で和尚のはげ頭に拳固を張ってやると、どうしたものかと、思案顔をした。
昼過ぎのことだった。現村長の竹本市蔵の選挙カーが、トキの家の前を通った。トキ夫婦が庭で作業をしているのを見とめると、お仕事ご苦労様です、とウグイス嬢が声を張り上げたが、口ひげをたくわえた村長は、手を振るだけで車から降りてくることもなく、無人販売所にも関心がないようだった。いつものことだが、三の里の候補は、一の里の票は歴史的に当てにしてはいなかった。単に儀礼的に廻っているに過ぎない。このことは、一の里の候補も同様で、三の里の票は当てにしていない。今までは、二の里が草刈場で、勝敗の帰趨を決していた。が、今回は二の里から候補が出るため、表の読みができない。ただ、一の里や三の里も、二の里の候補者は無名のため、泡沫候補あつかいであった。弥吉が、初恋の相手の村井大助を呼び捨てにして、悪し様に言うのに、むっ、となったが黙っていた。
弥吉が、早めに一人仕事を切り上げて、いそいそと選挙事務所に出かけて行った後、その村井大助の選挙カーがやって来た。トキを見とめたのだろう、その当人が車から降りてきた。トキも、おもわず無意識に駆け寄ってしまった。
二人が向かい合うと、村井大助は、トキの手を両手で包み込むように握手をし、初めて立候補しました村井大助です、と渋みの利いた声で言った。四十数年ぶりに再会した初恋の相手であり、初めて手を握られて、トキは、心臓の高鳴りを感じた。
「ここに、無人販売所とあるだが、どのようなものを販売しているのかや」と、村井大助が訊いた。トキは、どぎまぎしながらも説明すると、おお、と感嘆の声を上げ、これこそ村再生の第一歩ずら、と言って、その看板をあらためて見た。さらに、スーパーなどで販売するだけではなく、この村の特産物を直に売る、地域を活性化さる施設を設けたいと考えていました、と言った。トキにとって、わが意を得たり、という思いだった。それができたなら、たとえば、シゲの濁酒も堂々と売ることができるようになるだろう。話を聞きながら、村井大助はよく勉強しており、村の将来を真剣に考えていることを知った。
選挙カーが立ち去ったあとも、トキは頬を上気させしばらく佇んでいた。そのとき、トキは自分の一票を、村井大助に入れることに決めた。ただ、小学生の同級生だったことには気づいてくれなかった、と少し残念な思いはあったが。


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