だが、忠精の想いに反して、住職に就くようにとの要請を良寛は断った。何度も使者を遣わしたが、そのつどむなしく帰ってくるだけだった。 忠精は意地になった。直々に会い、要請することを決意したのである。 近習の荻原貞左衛門に、みずから領内の巡察をすることを伝え、さらに国上寺に参拝の旨の差配を命じると、すぐに真意を察したのか、顔がほころんだ。じつは、良寛のことに関しての知識はこの家臣から得ていることが、もっぱらであった。眉太く大きなどんぐり眼で、髭の剃り跡も青い四角い顔つきは、一見厳つい印象を人に与えるが、根は真っ正直の男であった。笑うと、愛嬌のある表情になる。先年亡くなった父親の名跡を継ぎ、忠精は近習に抜擢していた。この先代の貞左衛門については、因縁があった。忠精が壮年のころ、菅浦という側室を寵愛した。これがまつりごとに口を挟み、権勢を振るいだし弊害が生じだしたのである。そのとき、ある主従一同の集まりの中で貞左衛門が、居並ぶ家臣団の中よりただひとり注進し、古来より雌鳥が時を告げることがあれば国が滅びると聞き及んでおります、御英断を願とうございます、と諫言したのであった。重臣はもとより他の家臣も口を閉ざし、しわぶきひとつ無いなかで、腹を切る覚悟はできていたと見え、堂々たる物言いであった。忠精は、その四角い顔を無言でじつと見た。貞左衛門も一歩も引かず、無言で見返し続けた。忠精はそのとき、死をも恐れぬ人間の尊厳に触れた思いがした。長い沈黙の後、やがて忠精は深くうなずき、相分かった、と言い、さらに、腹を切ることは相成らぬ、この後も予に至らぬところがあれば遠慮なく申せ、と言った。貞左衛門は、その場で嗚咽した。すぐに菅浦は、退けられた。 先代の貞左衛門は、苦虫を噛みつぶしたような顔付きである。息子も同じような顔付きだが、諧謔の素養があった。そのぶん人物を軟らかくしていた。さらに、良寛を深く敬愛していて、おりにふれ忠精に良寛について語っていたのである。 忠精の前でも遠慮なく笑う貞左衛門を見て、倅の貞左衛門は別な意味で、近頃とみに親父に似てきおったな、と忠精は腹の中で嗤った
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