ある日、街の郊外に所用があり安甲は羊の親子を伴い出かけた。ある寺の前を通り過ぎようとしたときであった。 「もし、そこのお人」と、門の中から年老いた僧が安甲を呼び止めた。 あなたと二匹の羊の連れ立った姿は尋常とは思われない、ぜひお話しを聞かせ願いたい、との老僧の言葉に、安甲は言われるままに寺の中に入り、これまでの経緯を話した。安甲の話を聞き終えた老僧はしばらく考え込んでいたが、「これはじつに不思議な話であります。拙僧も仏門に入って長きこと修行してまいりましたが、恥を申さば、何も得ぬまま無為に過ごしてきたのではないかと、自問自答している有様。今日、寺の前を通り行く姿を見まするに、何ごとかならんものを感じまして、声をかけた次第であります」と言うや、安甲と二匹の羊に向かって手を合わせ、「これは仏様のお導きでありましょう、ぜひ出家されてはいかがでありましょうか」と、熱心にすすめた。 安甲も、今まで悶々として過ごしてきた日々の答えを得られたような思いもしたが不安もあり、「私は長いあいだ屠殺を生業としてきましたが、このようなものでも仏門に入ることができましょうか」と老僧に問えば、「なんの憚ることがありましょう、出家とは俗世との係わりを断ち切ったものであります。ましてや、あなたはこのような得難い体験をなされたお方、さらにもうさば、数多の僧がおりますが、本当に仏門に帰依できるものはほんの一握りでございますよ。あなたはその選ばれた方とお見受けいたしまする、迷わず出家なされませ」と、また熱心にすすめた。 安甲はそのまま出家し、その老僧のもとで修業の日々に明け暮れた。無論、二匹の羊の親子も一緒である。 やがて修行を経て、地方の某寺に移り住むこととなり、朝早く旅だった。ひとり、かの老僧が見送ったが、守思という法名に改めた安甲に、二匹の羊の親子が寄り添うようについて行く。と、朝靄に煙る樹木の間より陽の光が守思一行を鮮やかに染めた。そのあまりの美しい光景に老僧は、おもわず手を合わせ深々と頭を垂れた、目にいっぱいの涙をたたえながら。
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