T 小樽に引っ越してきてはや半年がたった。坂本さんは、いつの間にかまた隣の家の玄関の横にある物置小屋に発泡スチロール製の二段重ねの住まいを設けていた。寒さ対策のためか厚手の透明なビニールが張ってあった。下に切り込みがあり、そこから出入りができるようになっていた。田中のばあさんなにするものぞ、というところであろう。 それを待っていたかのようにそこに五匹の子猫を引き連れて、新しい親子の猫たちが住み着いた。私はその親子が住み着く一週間ほど前、近所で見かけていたのであるが、そこは人の往来も頻繁で、車も通リ抜けることができる、猫にとっては繁華街といえるものなので、子育てには不向きなところである。 近ごろ,早朝にラジオ体操をするようになっていたので、その日、いつものように路地にでてみると、見慣れない薄茶色の子猫が二匹、にゃあにゃあと鳴いていた。捨て猫かと思って近寄ろうとしたとき、向かいの家と家の隙間から、茶と黒の縞模様の母猫が白と黒模様の子猫を口に咥えてでてきた。そのすぐ後を灰色模様の子猫二匹が遅れまいとするかのようについてきていた。薄茶色の子猫たちと合流すると、すり寄ってくる子猫をさかんに舐めはじめた。そのときようやく、この前見かけた猫たちであることに気がついた。猫の引っ越しだったのである。猫というものは子育てに並々ならぬ気をつかうことについて、人間も猫も変わらぬものかと、妙に感心した。 しかし、今は秋である。これから冬に向かっての寒さを考えると、何匹生き残れることができるかと、暗澹たる気持ちになった。 無論、また猫中記を書く気にはなれない。私にできることといえば、だまつて見守るだけである。 とはいえ子猫のことは気になるから、おりにふれて路地裏で遊ぶ様子を見たり、家の食事の残り物を玄関の前に出して与え、食べる様を眺めたりしている。前からいる猫を加えると十匹以上になっているので、また前の賑わいが復活したかのようだった。 この路地裏のノラ猫のことは口コミで猫好きに知られているらしく、ときおり見慣れぬ中年の女性が餌を与えたりしている。たまたまその場面に出くわしたとき、与えている餌を見てみると、封を切ったばかりのチーズ、蟹風味の蒲鉾、パンなどである。思わず猫になりたいものだと、というと、別のところでも男の人にいわれたわ、とその人はいい、あ,ははははと、くつたくのない声で笑った。訊くと、飲食街でスナックを営んでいるとのことで、店の近くにいるノラ猫にも同じように餌を与えているとのことだった。 また別の日には、男女五、六人の小学生が来てノラ猫たちをなんとかあやそうとしたりしていることもあった。もっとも、ノラ猫の方は逃げ回っているけれど。
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