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作品名:路地裏の猫と私 作者:じゅんしろう

第67回   67
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 翌日の夜も一缶だけ甘酒を飲んだ。それが病院での楽しみとなった。無論、妻には内緒である。飲み終えると直ぐに病院の専用ゴミ箱に投げる。証拠は残らない。
 こうして十一日目に、無事退院ということになった。
 しかし、主治医の綿貫医師が、次の週の初めに来てくれという。癌細胞がリンパ腺か血液の中に入り込んでいるかの、検査結果が判明するということである。どちらかに入っていたら、抗がん剤治療をしなければならない。話に聞くところの、髪の毛がずるりと抜け落ちる、というやつであるる
 綿貫医師はあくまでもにこやかである。患者に過度の不安を与えないためか、それとも性格なのかどうか、どちらなのかなと思いつつ、妻と二人、病院を後にした。
 一歩病院を出ると真冬の最中でもあり、用心のため厚着をしていたが、ひんやりとした空気に身をさらされ、ふらっときた。
 病院の中は暖房が利いていて、病院で支給されたパジャマだけで過ごしてきたが、さすがに娑婆はきついな、と感じた。やはり体力が落ちているということかと、前を行く妻を見たが、私の思いとは関係なく、とっとことっとこ、というように歩いている。私がゆっくりと歩いていると、妻が振り返り、「大丈夫?」と訊くので、無言で頷いた。
 そこまでは感傷的な気分に浸っていたのであるが、いかんせん、、病院から家までは五分もあれば着いてしまうのである。
玄関前では、例によって誰かが置いていったのであろう、ちくわを二匹のノラ猫がぱくついていた。一匹は白と黒模様で、もう一匹はヨモである。どちらも見慣れない猫だった。少しの間、食べるのを止めて私の様子を窺がうようにしている猫を見ていた。猫の方も初めて会う私に緊張しているようだ。猫たちも冬を乗り切るために一生懸命なのだと思った。
 「あなた、早く入って」という妻にうながされて家に入った。 綿貫医師に伺いをたてていたことであるが、酒は過ごしすぎなければよいという。今晩から晴れて酒が飲めるということであり、なにはさておき楽しみだ。
 妻が今晩何を食べたいと訊くので、カレーライス、と答えた。 「へえー、カレーライスでいいの」というので、「うん、奥さんのカレーが一番いい」といってやった。妻は少し嬉しそうに、「じゃ、買い物に行ってくるわね」といって直ぐに出かけていった。実際、病院の食事は味気なく、むしょうに熱くて辛いカレーライスをふうふういいながら、ぱくつきたかったのである。


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