次の日、私の身体は一日分回復したように思う。 昼過ぎころから、また甘酒のことが頭の中でちらつきはじめた。しばらく悶々としていたが、別の若い看護師に同じことを訊いてみた。その看護師は、ふっくらとした頬をしていて愛嬌のある顔立ちをしている。ちょっと考えていたが、「主任に訊いてきます」といって部屋を出ていった。すぐに戻ってきて、「一階の販売機のものはよいですが、外のものは駄目だそうです」といい、悪戯っぽく笑った。本物の酒は駄目ということである。 「ありがとう」と、私は満面の笑みをその看護師に見せた。今夜のささやかな楽しみができたわけである。無論、妻には内緒だ。 夕食後一階まで降り、甘酒を一缶買った。内心、意地汚いかと思ったが、胸以外はなんともないわけであるから、と自分にいい訳をして部屋に戻った。 カーテンを引きベッドに座って、赤いデザインの缶を見っめた。ゆっくりと栓をはがした。甘いかおりが漂よった。一口飲んだ。口の中をふあっと甘みが広がった。旨かった。こんばんは一缶だけと決めていたので、いっきに飲むことはせず、じっくりと味わって飲んだ。めったに甘酒を飲むことはなかったが、こんなに旨いものだとは思いもしなかった。最後の一滴まで飲み干すと、じつに充実とした満足感を味わった。 ふと、芥川龍之介の小説、芋粥を思いだした。あれは主人公が芋粥食べたさに、はるばる有力者の田舎までついて行って、出された大量の芋粥にへきへきとし一口も食べることができなくなってしまう、という話だったが、笑えないと思った。 なにごとも程々がよいのであろう。いや、僅かだからよいのであろう。うん、やはり今夜はこれで眠ろう、とひとり合点をしてベットに横たわった。
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