手術後五日目で、手術したところに差し込んでいた管を抜いた。すっきりとした。本来、女性患者が付ける胸帯も取り、ガーゼが当てられただけになり、女から男に戻ったような気がした。 後は傷口が塞がるのを待つだけであり、また、シャワーなら浴びることができるようになった。早速病院内にある浴室に入り、汗を流した。約一週間ぶりに身体を洗うことができたのでじつに気持ちがよい。日頃、不自由を経験したことがない私にとって、その有難味が身に沁みた。何事も実際に経験してみないと、本当のところは分からないものである。 さつぱりとした気分になると欲がでた。酒である。毎日晩酌する身にとって、入院したら酒が飲めないことに、どうなることかと思っていた。 しかし、入院してみて分かったことであるが、酒をさほど飲みたいとは思わなくなっていたから、不思議なものだ。ほかの患者に訊いてみると、病気になれば自然に飲みたいと思わなくなるものだ、というのが一致した意見だった。 私の身体は回復しつつある。酒を欲し、受け付ける身体になりつつあるということである。しかし、病院を抜け出してまで酒を飲みたいとは思わない。そのとき、私はあることを思い出した。一階の売店にあるジュースなどの自動販売機があるが、その中に甘酒があったのである。 早速、中年で細面の看護師に訊いてみた。 「一階に甘酒が売ってあるけれど、飲んでもいいのかい?」というと、看護師は少し首を傾け、「駄目ですね」と、あっさりといって無情にもそのまま部屋を出ていった。駄目なものをどうして売っているのかと思ったが、やり取りを聞いていた向かいの患者が、私も毎晩酒を飲んでいたが、病気になってから全然受け付けなくなりました、といった。その人は胃癌ということであり、いま、抗がん剤治療をしている。さらにその隣の患者が、「甘酒はアルコール1%くらいですが、飲酒運転の検査でも分かるそうですよ」といった。 傷口にはアルコールがよくないこと位はは分かっている。やはり控えた方がいいようだ。少しがっかりしたが、飲みたいといってもさほど強い思いでもないので、その夜は何ごとももなく眠った。
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