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作品名:路地裏の猫と私 作者:じゅんしろう

第63回   63
なんとはなしに過ごしていると、看護助手のマスクの君がきて、お茶をいれてくれた。その後は夕食になる。しかし、六時前であるので普段夕食の遅い私にとっては少々困る。例によって味が薄口で少量であるが、食欲があるだけよしとしなければならないだろう。黙って食べた。すぐに無くなったが、どういうわけか足りないとは思わなかった。それは、動き回っているわけではないので、当たり前のことかと一人合点がいき、窓の外を見た。外はすっかり暗くなっていて、人家の灯がおおく灯っていた。
 また看護師が定期検査をしていった。長い夜の始まりである。手術後、一日、二日は容態が安定するまで頻繁に見回りにやってくる。うつらうつらと過ごし夜が明けた。
 病院には新聞売りもやってくる。それを買ってゆっくりと読み、運ばれてきたお茶を飲み、朝食を摂った。
 少し休んでいると、医師団の回診があるが、部屋の患者に問診や簡単な検査をする程度だ。自分の番となると、なんとなく緊張する。やはり数人の医師に取り囲まれると、何かいわれるのではないかと考えてしまって身体に悪い。回診は担当医と看護師の二人だけでよろしい、と勝手なことを考えた。
 今日は何もすることがない。ただ、ひたすら傷が癒えるのを待つだけである。後は本を読んだり、テレビを見たりして過ごすだけであるが、時間というものがやたらと長いと感じた。管に繋がれている身体は、寝返りひとつうつにしても不自由このうえない。ベッドで一日中ごろごろしていなければならないのは、苦痛以外のなにものでもない。ベッドで傷口にさわらぬ様に、体を少しずつ動かしていたが、最後は疲れて仰向けに大の字になり天井を眺める、という次第である。快適に本を読むことができるものを発明したら、ノーベル賞ものだな、などと他愛ない空想をしたりした。
 妻がきてくれた。糟糠の妻である。手術後、その思いを強くしたが無論口には出さない。ほかの患者の奥さんとのやり取りを見聞きしていたら、私のように思っている人もいるのではないだろうかと、推察した。
 亭主元気で留守がいい、という言葉が流行ったことがあったが、亭主が病気では、妻はどう思うだろうかと、少し僻みっぽいことを考えたりした。 


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