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作品名:路地裏の猫と私 作者:じゅんしろう

第61回   61
 実際、看護師が一時間ごとに体温や血圧を測りにきた。隣室のナースステーションのコールがしょつちゅう鳴る。とてもではないが眠ることはできなかった。
 首をすこし左横に向けると窓から空が見える。看護師にいちいち時間を訊くのも憚れるので、その明るさの度合いで時間を推し測った。
 覚悟していたとはいえ、本当に長い夜だったし、ついに一睡もできなかった。同時に看護師の大変さも目のあたりにした。
 ようやくのこと夜が明けた。
 小便の管だけが外され病室に戻り、ほっとした。
 部屋に戻ってから気がついたのであるが、左胸に小さな箱のようなものがぶら下がっていた。訊けば、手術跡から血液などが浸みでてくるので、それを受けるために何日かつけるのだという。自分の身体に手術が施されたのを実感した。
 内臓に疾患があるわけではないので、食事は通常通りで朝食から食べられる。さすがに食事を済ました後、うとうととまどろんだ。だが、看護師がひんぱんに体温や血圧の測定のために来るので起こされた。手術後すぐは必要とのことだ。
 昼過ぎ、妻や義母の家族一行がやってきた。
どう調子は、とかの決まり文句だったが、義母は何もいわず黙って頷き、にこにことしているだけだった。それがかえって心に入ってきてありがたい気持ちになってくるから不思議なものだ。義兄も、さすがに今日は余計なことはいわずほぼ沈黙をしていた。たぶん、奥さんに口にチャックをするようにと厳命されているのではないかと想像できたので、内心可笑しかった。
 義母の家族一行が帰っていった。後は妻だけが残ったが、今日はあっさりとは帰らない。しばらく、何くれとなく世話を焼いてくれ、とりとめのない話もしたりした。普段なら、気にも留めず返事もしないようなものだったが、素直に聞け、受け答えをした。身体にメスが入ったが、心にもメスが入ったようだ。良い時間の流れであり、久しぶりに妻と会話をしたと思った。
 妻が帰っていき、また一人になった。
 


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