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作品名:路地裏の猫と私 作者:じゅんしろう

第60回   60
手術の日になった。手術開始は昼過ぎからで、無論食事抜きだ。
 看護師か来て、素っ裸にれという。陰部を隠すために、前張りをはらなければならない。昔、日活ロマンポルノが華やかしころ、俳優が前張りをして撮影に臨んだということを聞いたことがある。自分がするはめになるとは思いもしなかった。青い手術着を着た。テレビや映画で手術の場面はよくあるが、当事者になる気持ちはまた別物である。
 だんだんその気になってきたころ、妻と義母の一行がやってきた。頑張りなさいと決まり文句をいう。この場合、ほかにいいようもないだろう。私も神妙にいちいち頷き返した。
 ストレッチャーといわれる移動台車に乗り、手術室に向かった。廊下に出、エレベーターに乗り、あちらこちらを忙しく移動していく。私としては天上しか見ることができないので、目が廻るような思いをしただけだ。止まった。テレビドラマなどでよく見る、上の方にいくつかの大きなライトがあった。手術室である。そこにはすでに何人かの麻酔科の人たちがいて、皆、にこやかな顔を私に向けてている。優しい言葉もかけてくれた。
 「ビバルディの四季をかけておりますから」と誰かがいった。なるほど、四季の春がかかっていた。冬だったらまずいだろうなと、取り留めのないことを考えたりした。
 少し世間話をし、麻酔をかけますからね、という言葉を聞いた後は覚えていなかった。
 突然、頭の中で何かがぐるぐると回転しはじめた。なんだ、なんだと思っていたら、がらがらと耳元で音が聞こえ、ストレッチャーに乗って移動させられている自分に気がついた。妻や義母たちの顔がすぐ眼の上にあった。
 手術が終わっていたのである。皆いたわりの言葉をかけてくれた。私はただ頷き返すだけだった。
 手術は二時間を予定していたが、あっという間どころではなかった。全身麻酔の凄さを実感した。
 手術後は一晩、集中治療室で過ごさなければならない。ナースステーションの隣である。
 手術をした左胸は鈍い痛みがあり、身体が興奮しているのか熱っぽい。周りを見てみると、右手は点滴の管が通っていて陰部のあたりにも管が通っている。訊くと、小便を抜くのだという。まつたく身動きが取れない。まだ夕方であるから長い夜になりそうだ。


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