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作品名:路地裏の猫と私 作者:じゅんしろう

第59回   59
妻と二人になったが、別に話すこともない。妻もなにか世話を焼こうにも何もなく手もちぶたさのようだったので、今日はもういいよ、といってやると、そうね、といってあっさりと帰っていった。
 一人になった。しばらくぼんやりとしていたが、しょうがないのでまた本を読みはじめた。こんどは推理小説の少しやわらかいものにした。
 看護師は定期的にあらわれ、体温や脈を測っていく。後は何もすることがない。ひたすら時間をどう過ごすかということだけである。
 朝、昼、晩の食事が一日の基本になっていて、その間に何かをするということが、病院というもののようである。大勢の人々が行き来していて、社会の仕組みみたいなものを感じた。
 さらには、人間の修理工場だなとも思った。患者を再生するために、医師、看護師などいろいろな役割の人々が寄ってたかって修理をほどこと、また社会に復帰させるという、よくできたシステムだと思った。
 日に何度か血圧を測っているが低めに推移している。
 通常、手術前は興奮していて高めになると聞いていたが、さばさばとした気持ちは痩せ我慢ではなく本物のようだと思い、人間ができてきたということかと、我ながら自分を頼もしく思った。
 以前、どこかの高僧が癌の告知を受けて、ひっくり返ったと聞いたことがある。
 反対に、市井の人が癌に侵され、骨と皮になるまでの死の直前までを追っていったテレビのドキュメントが放送されたことがある。その人は淡々と日常生活を営み続け、死んでいった。そのことを考えてみると、人間の本質というものは、修行と称するものでは変えられないのではなかろうか。私もその立場になったら、あの市井の人のようにかくありたいと密かに考えていたのである。無論、末期癌を宣告されたらどうか分からない。まだ、私の心底は見えてはいない。


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