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作品名:路地裏の猫と私 作者:じゅんしろう

第57回   57
昼食の時間になった。私にとって初めての病院食である。ご飯一膳と味噌汁、魚一切れ、菜の物、それだけであった。不味かった。味の濃いものとか辛いものが好物な私にとって、薄い味付けには参ってしまった。それでも手術に耐えるだけの体力をつけなければならいと思ったので、無理に食べたが量が少ないので、あっという間に平らげてしまった。聞けば、一食六百数十カロリー、つまり、一日二千カロリーほどということになる。生きていけるのかと思った。
 午後二時にエコー撮影とかで、胸の患部を撮った。男なので当然おっぱいは膨らんではいない。それを器具で無理やり挟み込んだ。とても痛くて、わざとやっているのかと思ったくらいだ。おまけに比較と称して、なんでもない右の方もやられた。
 今日の予定はこれで終わりである。後は消灯までの長い時間が待っていた。
 いろいろと本を持ってきていたが、すぐには読む気にはなれない。しばらくの間、ベッドに仰向けになって、天井を見つめるばかりだった。そうしていたら、廊下側の向かい合っている患者同士が話しはじめた。お互いの病気のことだったが、どうも眼のことらしい。全員外科の患者と思いこんでいたのだが、違っていた。眼科の患者だった。この階は外科と眼科の病棟だという。
 私の向かい側の老人が外科の患者だった。無口な人のようだ。
 持参してきた本を読むことにした。小難しいものだけでは飽きるだろうと思って、推理小説などの娯楽ものも持ってきたが、まず難しいものから読みはじめた。
 だが、ほかの患者同士の会話のせいなのかどうか、読み進めることができず、すぐに放り投げベッドに仰向けになった。天井を見ながら、これから十日間か、とその長さを思い起こした。
 夕方、例のマスクの君がお茶を給仕しにきた。すぐ後に夕食が運ばれてきたが、六時前である。こんな早い夕食は、我がではあり得ない。しかし、郷に入っては郷に従え、ということかとひとり合点して夕食に取りかかった。昼食より一品多かったが、やはり薄味で不味かった。 食事を終えた後、本を読む気にはならなくなり、カード式有料テレビをイヤホーンをつけて見た。おもにニュース番組を、ほかのチャンネルのはしごをしながら見た。七時台はNHKのニュースを見ながら過ごしたが、八時以降が困った。民法のくだらないバラエティ番組と称するものは見る気にもならない。どのチャンネルもコメンティターとか回答者とか称して、幾人ものお笑い芸人やタレントが、桃の節句のときに飾るようなひな壇に座って、意味のない笑いを競い合っている。これは、テレビ局側の制作姿勢に起因していることだと思うが、あれはいったいどういう料簡なのだろうか。テレビにも飽きてしまった。
 消灯までの間に看護師が来て、体温や血圧を測ってゆく。後は何もない。
 九時消灯になった。電灯を消されても、カーテンを閉めそれぞれがテレビを見ているので、カーテン越しにいろいろな色彩が目に入ってきた。部屋の中はうすぼんやりとした暗さである。九時に寝るということは、私にとって前代未聞のことだ。しばらくあれこれと考え事をしていたのであるが、知らず緊張していて疲れがあったのか、いつのまにか眠ってしまった。
 こうして、私の入院一日目が終わった。

 


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