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作品名:路地裏の猫と私 作者:じゅんしろう

第56回   56
  当日になった。私と妻はいくつかの紙袋を持って病院まで雪道を歩いて向かった。じつは病院は目と鼻の先である。あっけないくらいの近さだ。
 案内係に入院の旨を伝えると、女性の係員に四階の病室に案内された。エレベーターに乗り込むと、にわかに入院するのだという思いがわいてきて、なんとなく厳かな気持ちになった。
 病室は六床あり、窓際だった。入院患者は私を含めて四人である。
 すぐに担当の看護師がやって来て、あれこれ入院についての事柄を説明してくれた。小柄で胸とお尻の大きな女性だった。二十代後半だろうか。
 看護師が引きあげた後、病院で用意されていた寝間着に着換えている間に、妻は早速別の患者に挨拶をして回っていた。
 着替えを終えてベッドの端に座ってみた。ここで十日間くらい寝泊まりするのか、とあらためて思った。次に白いベッドに横になってみた。壁も天井も白いが、古い建物のせいか、なんとなく薄汚れていた。内心、大丈夫かいな、と息子の住んでいる大阪弁で思った。
 妻は床頭台といわれる縦長のコンパクトな棚に、てきぱきと身の回りの品を整理している。それにはテレビが設置されていて、カードを買って観るのだという。
 少したって、担当の綿貫医師がやってきた。今日はMRIとレントゲン検査をするとの事、いい終えると、太った身体を揺すりながら病室を出ていった。その後ろ姿を見送っていたらにわかに入院したのだなあ、という実感がわいてきた。後はこの身体を委ねるしかあるまい。
 妻は手持ちぶたさのようだったので、後は良いよ、といってやると、そう、じゃ、明日また来るわね、とあっさりといい帰っていった。 窓からは街並みが見え、その後方には雪化粧された山々が見える。さらに遠くの山は雑木林と雪のコントラストで墨絵のようだった。なんだか、心細くなってきた。
 なんとなくぼんやりしていると、薄い緑色の制服を着たきしゃな身体つきの若い女性が来て、「MRIとレントゲン検査をしますので案内します」といった。 目はぱっちりとしていて、眉毛は薄く幅広い。しかし、その下は白いマスクをしていて分からない。マスクの君と名付けた。 エレベーターで一階の所定の部屋まで行く間に、気をつかってくれ親切で無邪気な娘さんだった。看護助手だという。 いままでMRIなどという最新式の医療器械なるものには、お目にかかったことがなかったので、興味津々好奇心いっぱいというところであった。台に横たわり凱旋門のようなところをくぐり抜ける。これで私の体が輪切り状に撮影されているのだと考えると、ギロチンされているような気になった。二つの検査を終えたら、午前中の予定はこれで終わりである。


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