20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:路地裏の猫と私 作者:じゅんしろう

第52回   52
 帰宅すると、玄関前では二匹の猫が餌をぱくついていた。一匹は漫画のドラえもんにでてくるスネオに似た猫で、もっとも牝であるのでスネ子と名付けている。もう一匹はスネ子の牡の子供であるのでスネオである。
 このスネ子という猫が路地裏に来たときは、ほかの猫から仲間はずれにされているような状態であった。それが次々に子猫を産み、さらに孫猫が産まれいまではこの路地裏で、一大勢力になっていた。すざましい生の執念を感じさせる猫である。
 私の住んでいる借家は路地にあり、以前はノラ猫がうようよいたものであるが、向かいの古い家が次々に取り壊され空き地になってしまった。陽の光が差し込み明るくなったのはよいが、路地裏のしっとりとした雰囲気が消え、静けさが消えてしまった。ノラ猫たちも居心地が悪いのか前のように自由奔放に遊び回るという光景が見られなくなった。
 毎年春になると、新たに生まれてきた子猫同士がじゃれあうという、なんともいえない可愛らしい情景を楽しむことができなくなっていた。
 いまは坂本さんに変わって、中年の女性が猫ハウスの世話を焼いている。そこに住んでいる猫と、空き家になっている隣の家に住んでいる猫が、この路地裏の住猫でありけっけつこうな猫数のはずであるが、姿は見せず、前のような活気は見られない。後は何処からかやってくるノラ猫が、路地裏を散策するだけである。閑散としていた。
 私が玄関に近づくと、二匹の猫はさっと逃げて様子を窺がうように私を見た。スネ子はここに住み着いて三、四年くらいになるが馴れるといいうことはなく、私が無害な人間であるということを一度たりとも認めようとはしなかった。
 家に入ると妻が、どうだったの、と訊くので、どうやら癌のようだ、と答えてやると、まさかというような顔をした。私があっさりというものだから、冗談と受け取ったらしい。また、男の乳癌はめったに聞く話ではないので、信用しなかったのも無理からぬところだろう。
 正式な検査結果は次週の月曜日に分かるから、その日また行くといってやったら、にわかに真剣な表情に変わった。
 こんどは、「本当に?」と恐る恐る訊いてきたので、「そうだよ」と答えると、「でもふだんと変わりが無いから、てっきりなんでもないと…」といつて、どうしょう、という顔になった。
 「いや、どうということはない」 「でも…」 「いや、やせ我慢でもなんでもない。とにかく月曜日だ」
 「そうね、月曜日ね。私も行くわ」と妻がいうので、「いや一人で大丈夫だ」といって、綿貫医師から教わった今のの癌に対する考え方をいい、妻の付き添いを断った。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 13841