我々は弱くなってきた木漏れ日の中を下っていった。展望台の入口まで戻ると、すぐ上に洒落た造りの小さな店があった。看板にはアルファベットで、ペットオラ・サントチェロと書かれてあった。イタリア語かスペイン語科は分からなかったので、何語で意味は何、と誰に訊くでもなくつぶやくと、「イタリア語で居酒屋・聖なる空という意味です」と荒田氏がいった。皆が荒田氏を見ると、昔ヨーロッパを放浪したことがあるもので、少し気恥ずかしげな表情でいった。 これだから人の人生は聞いてみなければわからない。 店の前には草花で囲われたテラスに小さなテーブルがあり、まだ陽だまり後の暖かさが残っていたので、そこに腰を落ち着けることにした。すぐに四十年配の色黒で口ひげを生やした精悍な顔つきのマスターが注文を取りにきた。注文は荒田氏に一任した。荒田氏はマスターとなにやらワインとチーズについて話をしだした。マスターは顔に似ず愛想がよかった。 運ばれて来たのは白ワインの瓶一本とチーズだった。さつそく乾杯をしてワインを飲んだ。さつぱりとした味で美味かった。 「美味しいですね」と私が荒田氏にいうと、イタリアで飲んだワインとチーズがあったものだから注文したのですが、気にいってもらってよかったです。チーズも食べてみてくださいといつた。いわれるままにチーズを食べると、ふくよかで味わいのある美味しいものだった。「美味いなあ」と思わずいうと、「どうも坂道探索の後は、酒で締めるのが定番になりそうだなあ」と鳴海がはやくも顔をほんのりと染めていった。谷藤さんや荒田氏も相槌をうつ。その後は、今日の道行の余韻を楽しむかのようにさらりとした会話に終始した。 さらに、和やかな雰囲気の中で飲むワインは美味しく、あまりの美味しさにもう一本追加の注文をして、我々は快くまた飲んだ。 私は三人の顔をそれとなく見まわしたが皆の顔は軽い酔いのなかで、一様に気持ちよさそうな表情である。ほかの皆もお互いを見て、同じ思いを抱いているかもしれないなあ、と思い、心のなかで笑った。 我々はその居酒屋を後にすると、坂道を味わうようにゆっくりと下っていき、地獄坂の入り口であっさりと別れた。大人の別れ方だと思い、今後も港坂道探索が続く予感を持った。
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