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作品名:路地裏の猫と私 作者:じゅんしろう

第48回   48
展望台に向かう小道はさまざまな種類の木々の枝で覆われたトンネルのようになっていて、そこから差し込む木漏れ日の中を進んでいくと吹き抜けの白い小さな建物があった。 その建物にはバルコニーがあり、小樽の街や港が眼下に一望でき、石狩湾や遠く増毛連山を見渡すことができる大パノラマが展開していた。
 「小樽はニセコ積丹小樽海岸国定公園になっていますから、僕はときどきここへ写真を撮りに来るのです。特に冬や春の初めのときの雪を戴いている姿は、光の屈折で目の前に迫ってきているようでとても素晴らしいですから」と谷藤さんはいい、早くもシャツターを切りだした。
 「うーん、いい眺めだ」と鳴海は感に堪えたようにいった。鳴海と一年前に再会してから、ときおり例の鬼瓦の表情が微妙に変化することが多くなってきている。裁判官を退任後、小樽に住み続けようかといっていたが、鳴海なりに自身の人生の結論を出そうとしているひとつのあらわれかも知れなかった。
 「荒田さんはここで絵を描かれたことがありますか?」と私が訊くと、「二、三度あるのですけれど、なかなかこの雄大な景色を描くのは難しくて」と答えてくれたが、それでもスケッチをはじめた。谷藤さんは盛んにシャツターを切り続けている。
 私と鳴海は二人のその様子を黙って眺めた。
 私は荒田さんと谷藤さんの無心でコンテをすべらせている音や、シャツターを切っている音を聞いた。二人とも綺麗で良い表情を見せていた。
 「いいなあ、ここは」と鳴海に小声でいうと、「我々はよいところに住んでいると思うよ、このように近くで夢中になれる景色なんてそうざらにはないからね」と鳴海は右手を翳しながらいった。
展望台を後にして帰り道をとろうとしたとき、ランニング姿の中年の男女の一団が通り過ぎて下っていった。展望台へは何箇所かの入り道があるようだ。その中の誰かが、下のとおりにでましたら自動販売機がありますからそこまで頑張りましょう、といっている声が聞こえた。山道まわりのマラソンを楽しんでいるようだが、さぞかし喉が渇いていることだろうと思った。そういえば私もだいぶ喉が渇いている。我々も下に降りたら、一休みして何か飲もうかと提案しょうとしたとき、「展望台の入口のすぐそばに小さな店がありますから、そこで休みましょう」と谷藤さんがいった。皆、一、二もなく賛成した。


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