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作品名:路地裏の猫と私 作者:じゅんしろう

第47回   47
坂を上がるにつれて、道幅は少し狭くなっていた。道の両側はナナカマドの街路樹が続いていた。まもなく左手側に小樽商業高校が見え、その上が小樽商大(旧小樽高商)のキャンパスだった。我々は地獄坂の終点である、建物が点在している商大のキャンパスをしばし眺めた。
 「昔は、この道はむき出しの土か砂利道で、雨が降ったらぬかるんで難儀をしただろうね」と私がいうと、「この坂道は土の方が似合うね」と鳴海がいった。
 「車社会の今日ではアスファルトの方が良い訳ですけれど、便利なものはその分何かを失っているのではないでしょうか」と谷藤さんがいうと、「見えてくる景色も違うだろうし、人間は汗をかかないと肉体的にも精神的にも身体に悪いね」と荒田氏がそれを受けていった。皆、一様に頷いた。
 我々が坂道を下ってすぐに、左手に旭展望台まで1・3キロという標識があった。
 さきほど、坂道を上ってくるときに見かけていて分かっていたのであるが、今回の坂道探索には関係ないと思っていた。
 すると、「どうだい上ってみないか」と鳴海が私にいった。おもわず見返すと、鳴海はすでにその気満々という表情であった。私が谷藤さんや荒田氏を見ると、二人とも承諾の頷きを返してよこした。かくして我々は旭展望台を目指して登ることとなった。
 私は内心、これで登山帽を被ってきたかいがあったな、と思った。
 道はアスファルトで車が通り抜けできるようになっていた。曲がりくねった道の両側は木々で覆われていて、枝葉の隙間から洩れて来る陽の光が柔らかく心地よかった。この一帯は鳥獣保護区になっていて、ときおり鳥のさえずりが聞こえてくる。遊歩道もあり、森の中を散策できるようになっていた。
 我々は取り留めのない世間話をしながら、ゆっくりと登っていくのであるが、こういう木々で囲まれた山道での何気ない話しでも楽しく、心がほぐれ弾むようであった。
 やがて登りきると、右手は展望台への道であり、左手は駐車場になっていて、その奥に小林多喜二の石碑があるというので、我々はまずそれを見ることにした。
 その石碑は少し変わっていて、左手に漁師のたくましい顔が頭ごと彫刻されていて、後ろからも見ることができるようになっていた。右手には多喜二の顔と獄中から支援者にあてた手紙のレリーフが刻まれてあった。
 −冬が近くなると僕はその懐かしい国のことを考えて…。 という小樽のことを切々とした文章で綴られた手紙である。その後、まもなく多喜二は死ぬ。
 私はすでに多喜二の倍を超える年を生きている。人の春夏秋冬に思いをはせ、その手紙の文字に見入った。目頭が熱くなった。

 


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