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作品名:路地裏の猫と私 作者:じゅんしろう

第46回   46
 教会を後にして上って行くと、高い石垣の上に日蓮宗の寺があった。
 荒田氏が興をそそられたのか、その寺をスケッチしはじめた。
 「大石さん、このあたりは石原裕次郎慎太郎兄弟が住んでいたところではありませんでしたか」と谷藤さんがいった。
 「ああ、そうだね。妻の実家があったところでもあるのだった。探してみるか」といって、荒田氏と待っているという鳴海をおいて、私と谷藤さんは裕次郎が住んでいたというあたりを探索することとした。内心、小学生にかえって少年探偵団みたいだと苦笑いをした。
 前に妻から大体の位置関係を聞いていたのであるが、昔は、家がぽつりぽつりと建っているだけらしかったが、今は家が立て込んでいてなかなか分かりずらかった。それでも小さな川を挟んで石原兄弟の家とはす向かいに建っていたということを手掛かりに、昔あったという妻の実家の位置を割りだすことができた。石原兄弟の家は少し高いところに建っていたというので、妻の兄が自分の家の二階から空気銃で石原兄弟の家の一階の窓ガラスを割ったという現場検証は確かめられた。義兄から聞いていたところによると、その小川は子供たちの境界線のようになっていて、何かと張り合っていたということだ。しかしながら、そのあたりは細い小路を入っていかなければならなかったので、大の大人がうろうろとしていた訳であるから、近所の人から不審者に見咎められはしないかと冷や冷やした。
 我々はともかくも検証できたことに満足して戻ってみると、荒田氏のスケッチはすでに終わっていて、鳴海となにやら熱心に話をしているところだった。
 同じ時期に小樽高商に在席していた、プロレタリア作家の小林多喜二と詩人であり作家でもある伊藤整についての話だった。
 「多喜二が整より一年先輩でしてね、同時期にこの地獄坂を通っていたというのは、小樽の文学史においては特筆すべきことですね。」と荒田氏が鳴海に説明していた。
 「二人は会話をしたことがあるのだろうかね」
 「あるのではないでしょうか。二人ともフランス語を専攻していて、フランス語劇を演じたということですから」
 「ほう、それは面白いね」と私も口を挟んだ。
 「ただ、文学的な交流はなかったのではないでしょうか」と荒田氏がいい、「それは残念だね」と私がいうと、「特高警察で拷問死さえなければ、それは可能だったでしょうに」と谷藤さんがいった。
 「あの時代はなあ…」と鳴海がぼそっといった。皆は一様に坂の上を眺め、しばし黙った。我々はまた坂の上を目指した。
 


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