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作品名:路地裏の猫と私 作者:じゅんしろう

第43回   43
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 当日は雲ひとつない快晴であった。
 刻限に待ち合わせの小樽駅前に行くと、すでに鳴海と谷藤さんは来ていた。
 三人とも、また申し合わせたように登山帽を被っていた。
 三人でお互いの帽子を見比べながら、「荒田さんはやはりペレー帽でしょうかね」と谷藤さんがいった。「どうかねぇ、最近は一般的に帽子を被らなくなったからね」と私がいうと、「やはり、画伯はベレー帽だろう」と鳴海がいう。「うーん、なにか、法律で決まっているのか?」と私がからかった後、しばし帽子談義になった。
 やがて荒田氏がスケッチブックを脇に抱えてやってきたが、帽子は被っていなかった。 私が鳴海に、ほら、というと、荒田氏はおもむろに上着のポケットからベレー帽を取り出し頭に載せた。
 今度は鳴海が、ほらというように顎をしゃくった。
 「この間皆さん帽子を被っていたから」と荒田氏がいい、じつは昨日わざわざ買い求めたものだという。
 かくして四人はそれぞれの思いを秘め、出発することとなった。
 小樽駅は国道五号線沿いにあり、左に道をとるとまもなく船見坂に至る。標識には傾度15%とあり、想像していたより急な坂道だった。我々はゆっくりと上って行った。ほんのりと額に汗を浮かべたところで、陸橋の上に立った。そこからは小樽駅の構内が見えた。陸橋にはカメラを構えている数人の男たちがいた。訊くと、SL機関車が走るので、それを撮るとのことだ。
 「ああ、そう言えば週末に小樽からニセコ、蘭越までSLが走るのでした」と谷藤さんがいった。我々もそれを見学することとした。谷藤さんもカメラを構えた。
 やがて、ぼーつ、という汽笛の音が聞こえ、黒煙を上げた機関車の勇姿が現れ、眼下を通り抜けていった。
 私や鳴海は寸前に逃げたが、谷藤さんは煙に覆われた。煙の中から少し煤けてはいたが満足げな顔をみせて現れ、「久しぶりに懐かしい匂いを嗅ぎました」といった。いい目をしていた。このくらいでなければ、良いものは撮れないのだろう。夢中になれるものがあることにたいして羨ましく思った。
 なおも我々は坂道を上ってゆく。
 


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