目指す子猫はどういう訳かポン太と一緒であった。 「あっ、タヌキだ」と女の子はいい、母親を振りかえった。 「本当にそっくりね」と母親はにつこりと微笑みながらいい、パケットから牛乳と容器を取り出し、容器に牛乳を注ぎ、そうっと子猫の前に置いた。そして、娘を引き寄せその前にかがみこみ、じっと飲むのを待った。案外とノラ猫の生態に詳しそうである。ここに親子とノラ猫の駆け引きが展開された。 私も黙ってその様子を見守ることにした。 ポン太はひょうきんなところがあり、いまにも牛乳を飲みそうな素振りをみせたかと思うと、欠伸をして知らん振りという態度をとったりした。ヨモ模様の子猫はじつと牛乳を見ている。そして、ふいに子猫は立ち上がり牛乳を飲みはじめた。最初はときおり顔を上げ警戒しながら飲んでいたが、そのうちに夢中になって飲みだした。警戒を解いたようである。女の子が子猫にを触ろうとする仕草を母親はそっと制して、飲み終わるのを待つようにいい聞かせた。 やがて、口のまわりを白く濡らした子猫が満足そうな顔を上げると、母親はそっと手を差し伸べ子猫をなんなく両手で包み込むようにして、優しく抱き上げた。子猫はなんの抵抗もせずおとなしくしていた。そのままパケットに入れられた。 女の子は歓声を上げた。私も手際の良さに感心して、「見事なものですね」というと、母親は小さいころから猫が好きで、血統書つきの猫よりもノラ猫のほうが好きだったとのことだ。 以前、アニメーションのムーミンニでてくるスナフキンを連想させるような女性のときも、ノラ猫は従順だったが、この小樽美人に対しても同じなのかなと思った。私もノラ猫だったらなんなく抱かれるだろうと思った。 美貌の母親は私に丁重にお礼をいうと、娘と手を取り合って帰っていった。 見送った後、どっと疲労に襲われ軽い寂寥感を覚えた。虚脱感といってもいい。たぐいまれなる美女とわずかでも係わると、こうなるものかと思った。 そのような思いの中でしばし玄関に佇んでいると、我が妻が額に汗を浮かべ、両手にいっぱいの品物で膨らんだ紙袋を提げて帰ってきた。 「いま、とても素敵な女性が、子猫の入ったバケットを携えてこの路地から出てきたようだけれど、どうしたの?」と訊いた。 その言葉に我に返って、手短に経緯を説明すると、「ははあ、心を揺さぶられたのね」と妻は断定するようにいった。 「何を馬鹿な」といい返したが、「私はあなたと一緒になって三十年以上なのよ」と妻はいい、私に笑いながら睨む真似をした。妻にはすべてを見透かされていた。 私の心に一陣のつむじ風が起き、あっという間に通り過ぎたようなものだった。美人もほどほどが良いのかもしれないと思った。 その後、美貌の人妻は二度と現れることもなく、子猫が一匹少なくなった路地裏に変わりがなかったが、しばらくの間、妻の機嫌の悪い日が続いた。
|
|