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作品名:路地裏の猫と私 作者:じゅんしろう

第37回   37
          Y
 息を呑む美しさとはこのような女性のことかと思った。
 いつものように路地裏で遊ぶ子猫たちの近くまで寄ってかがんで眺めていると、後ろから、「ママ、ここ、ここ」という女の子の声がするので振り返ってみると、可愛らしい五歳くらいの女の子が近寄ってきた。
 ときおり、親子連れが猫を見に来ることがあるので、またそうだと思い、「そうっと近寄らないと逃げてしまうからね」といって女の子を手招きすると、女の子は素直に私の傍らにきてかがんだ。「可愛いー」と、すぐ近くに座って我々の様子を窺がうようにしているスネ子の子供たちと一緒に遊んでいたヨモ模様の子猫を指差した。くりくりとした目の、子猫の写真集にでも掲載されていそうな可愛らしい表情の子猫だった。いま、この場には九匹の子猫がいるが、この子猫だけはほかと違って警戒心が薄く、素早く逃げる逃げようとする態勢をとらず、人間が近くに寄ってきても比較的平気なようだ。
 「ママ、この子猫がいい」と女の子は振り返り仰ぎ見ていった。
 「そうねえ、そうしましょうか」という、耳元で囁かれているようなしつとりとした美しい声音に私も思わず振り返り仰ぎ見た。洒落た麦わら帽子を被り、極めて淡いピンク色のワンピースを着たすらリとした背丈の三十歳前と思われる女性が私に軽く会釈をしつつ、女の子に微笑んだ。
 目元がどうの。鼻筋や口元がどうのという言葉の説明はいっさい不要であった。美しいとしか表現のしょうがなかった。突然、私の中にそれが飛び込んできたような気がした。どのような美しい女優も、スクリーンやテレビの媒体が間にあるから、その分生身にうったえることは半減される。だが、突然ふいにすぐ間近で出会うことがあったらどうなるか。あっけにとられてしまった。
 「娘が子猫を飼いたいというものですから、お友達からこちらの噂を聞きまして来てみましたの」と、その女性は私を見つめていった。 美しい黒目がちの瞳に吸い込まれてしまいそうな思いに囚われながら、私はこの路地裏のノラ猫についてかいつまんで話をした。しかしながら、内心汗をかくような思いのなかであるから、うまく伝えることができたかどうか分からない。我ながら年を重ねてきたのに情けなかった。 女性の話では、娘に生き物の命の大切さを教えたいということが、子猫を飼う一番の理由だという。住まいは小樽で一番大きな住吉神社の近くであり、生まれも育ちも小樽だということだ。我が家からはそう遠くない。こんな近くにこの様なな美人がいたとは思いもよらなかった。


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