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作品名:路地裏の猫と私 作者:じゅんしろう

第36回   36
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 ある日、碁会所に行くと四人の女子高生たちが、ときおり歓声を開けあげたりして碁を打っていた。その女子小高生たちを、八十歳を過ぎて頭がすっかり禿げあがってしまっている宇野さんという人が指導していた。宇野さんは八十歳過ぎとは思えない、いつも顔色がよく元気いっぱいの人であるが、曾孫のような若い娘に囲まれてかどうか、今日はとくに元気で声にも張りがあるようである。
 席亭の谷藤さんに訊くと、女子高の最近できた囲碁クラブのメンバーだという。以前テレビ放映された「ヒカルの碁」というアニメーションの影響らしい。
 普段、ほとんど男ばかりのところだけに華やいだ雰囲気に一変している。宇野さんは初段程度の棋力であるが、女子高生は初心者であるので熱心に聞いていた。そこに、ほかの男性客も入れ替わり立ち替わり、女子高生に教えようとしてしきりに口を挟んでいた。
 「いつもは殺風景だけれど、こうも違うものですかね」と私が谷藤さんに問うと、「ええ、花が咲くとはこういうことですかね。ほかの方々も何となく浮き浮きしているようです」と答えさらに、「これで妙齢の小樽美人が通うことになれば、ここはいつも満員ではないでしょうか」といって私に笑いかけた。
 「小樽美人ねえ、そうでしょうなあ」と私はいい、この間の喫茶店での会話のことを話した。谷藤さんも同様な意見だった。
 二人で小樽美人について談義していると、王冠戦のメンバーである御厨さんという方が聞きつけ、我々の話に加わってきた。御厨さんは以前中学校で美術教師をなされていた方で、定年退職後美学について研究されていると聞いている。
「小樽美人というのは、いろいろな美人の産地により形成され出来上がったものであるから、万人が認める美人型であるが、知性美ということでいえばいささかもの足りない。たとえばミロのビーナスやモナリザと比べて…」と古典美術や有名女優の例を挙げたりして熱っぽく自説を硬軟おりまぜて繰り広げた。
 御厨さんは細身であり、日ごろマウンテンバイクで鍛えているというだけあって、引き締まった身体をしている。そのエネルギーを小樽美人論にぶつけているという感じで情熱的に語った。なんとなく美学のなんたるかという一端を見た気がした。無論、美学がそのような軽いものではないであろうが。
 「あの娘たちはこれから通ってくるの?」と私が谷藤さんに訊くと、それはわからないという。以前にも何度か女子中学生や女子高生が来たことがあるが、結局続かなかったといった。「女心となんとやらか」と私がいうと、「それが女というものだ」と御厨さんが断言するようにいった。


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