U 近ごろ私は、ある喫茶店でコーヒーを飲むようになった。その店は鳴海に教えてもらった。碁会所の帰り、鳴海が近くに美味いコーヒーを飲ませる店があるからと、誘ってくれたのである。私はさほどコーヒー通というわけではなかったが、飲んでみて、おやっと思った。口の中になんともいわれぬ余韻が残ったのである。だが、確かに美味かったが驚くほどのことではないと思った。しかし、何日か経ってまたなんとはなしに飲みたくなるコーヒーだったのである。それからときどき一人で飲みに来るようになった。訊くと、何かとのブレンドだということだが、それは企業秘密だという。夫婦二人だけのこじんまりとした、落ち着いた雰囲気の大人向けの店である。 その日も、ひとりボックスに座りコーヒーを飲んでいて、カウンターに座っている中年のサラリーマン風の男性客とマスターとの話を聞くとはなしに聞いていると、小樽は綺麗な女性が多いねということをしきりにいっていた。その男性客は仕事で小樽に転勤になり、ここに来て感じたことだという。 「そうなのよ。私は小樽生まれではないけれど、女の私から見ても、はっとするような綺麗な女性がいるわね」とママが口をはさんだ。 「うむ、小樽は東北地方などいろいろなところから人々が集まっているからね、昔から小樽美人は有名だよ」とマスターは少し誇らしげにいい、小樽美人についての自説を滔々と話しだした。 それによると、小樽は古い港町であるため、津軽美人や秋田美人など美人の産で有名な地域からの移住者が多く、それらの血が混ざりあって、より多くの美人が生まれたのだということだった。男性客は我が意を得たりと満足げに頷いたが、「でも田代さんは奥さんがいるからどうしょうもないでしょう」とママはマスターをも牽制しながらいった。その言葉に、「そうなのだよ、かみさんがねぇ」と男性客は残念そうに肩を落とした。 私も小樽に引っ越してきて一年余りが過ぎたが、可愛らしい娘さんが多いということは感じてはいたが、ほうっと思うような美人に出会ったことがあったかなあ、といろいろと思い返してみた。 私は教師として道内各地を転々とし、その地域の多くの女性を見てきたが、何々美人とは、どこに住んでいても言えることではないのかなと思い、あらためて小樽美人とはいかなる女性像かと考察し、研究してみようかと考えた。すべては我ライフワークに通じるかもしれないと、自分に都合よく言いきかせた。 家に帰って妻に喫茶店での出来事を話すと、「小樽美人は本当よ、私を見ればわかるでしょう」との妻の言葉に答えに窮していると、紙礫を投げられた。
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