T 四月の初め、坂本さんが猫ハウスで子猫が生まれているといっていたので、また路地裏は子猫で賑わうだろうと思っていたが、なかなかそうはならなかった。昨年の今頃は、路地裏は子猫の天下だったのに、これはどうしたことだろうか。 それから一カ月を過ぎたある日の夕方、猫ハウスからヨモ模様の母猫が子猫を咥えて隣の方に行くのを見かけた。猫の引っ越しだろうと思った。そのとき見かけた子猫は一匹だけだったが、通常猫は四、五匹産むのですぐにでも昨年のように子猫の駆けっこが見られるだろうと楽しみにしていた。 だが、そうはならず依然として路地裏にはお目見えとはならなかった。まだ、隣の家でしっかりと子育てに専念しているのだろうか。やきもきしていると、六月の初めのある日の朝、ふいに路地裏に登場と相成った。生まれてから二ヶ月くらいたっているので、けつこう大きくなっていて、皆しっかりとした足取りである。 白と黒、白っぽい灰色、白に茶のまだら模様とヨモ模様二匹の計五匹である。近寄ってみると、すぐにどの子猫も警戒の態勢をとったので、それ以上近寄るのを止めてじっと見いった。母猫の後ろに隠れるもの、のこのこと草むらの中に入っていくものなど、さまざまな反応を示し、はやくもそれぞれの個性をあらわしていた。 その日の夕方、居間の窓からいつもの鳥本さんが猫に餌を与えているのが見えたので、私は家の外にでて、今朝のことを話した。子猫たちは少し離れたところで私たちの様子を窺がっている。 私が母猫はヨモ模様の猫だというと、「ええっ、あの猫ではないの」とスネオを指差したので、「あれは牡猫でしょう」というと、「あの猫は牝猫よ」と答えた。鳥本さんによれば、子供ができた猫は積極的になんでも食べ、ふうふうとよく呻るという。その証拠に、今その状態だといった。あらためて見てみると、なるほど呻って食べていた。「ではいままでスネオと呼んでいたけれど、名前を変えなければいけないな」というと、「そうよ、可哀そうよ。そうね、スネ子にしたら」と鳥本さんの提案に即座に同意した。鳥本さんがスネ子にチーズを投げ与えると、スネ子は素早くチーズを咥え少し離れたところでがつがつと食べはじめた。 「ねえ、積極的でしょう」 「うん、本当ですね。牝猫といわれてみると、たしかにスマートな体つきをしているし、顔もキツネみたいだが、たしかに牝猫だね」 「そうよ」と鳥本さんは相槌をうち、またスネ子にチーズを投げ与えた。スネ子はまたがつがつと食べている。子猫に母乳を与えなければならないのだう。チーズは牛の乳からできている。それが猫の乳に変わるのかと少し不思議な気になった。 それにしてもスネ子の子供がまだ現れないのは、まだ小さすぎるということか。猫ハウスか隣の家で育てているのかは分からないが、いずれにしてもそのうちそのうち姿を現すだろう。スネ子に似た子だろうからキツネ顔ということになるだろうが、どのような猫なのか楽しみがふえた。早く見たいものである。
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