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作品名:路地裏の猫と私 作者:じゅんしろう

第3回   3
その子猫はただ一匹で、まるでスフィンクスのように悠然と座っている。少しづつ近づいていく。ついにすぐそばまできた。このくらい近づくとたいていの猫は逃げてしまうのだが、まだ逃げない。私はそぅつとしゃがみこみ、子猫の頭に触れることに成功した。子猫は微動だにせずじっとしている。頭から背中を撫ぜ、また背中から頭を撫ぜる。そして、両手で子猫の体を包み込むようにして抱き上げた。子猫はすっぽりと手のひらに乗るくらいの小ささだった。じつにおとなしく、泣き声ひとつあげなかった。子猫を手のひらのなかで廻して、子猫の顔を私の正面に向けてみた。小さな顔に比べて、眼がとても大きい。大げさな表現ではなく、三分の一が眼という印象だった。黒い目は私を見るでもなく、じつと前を見ていた。私など眼中にないようにさえ見える。ある種の威厳さえ感じさせた。しかし、それも可愛らしく思えた。この子猫を好きになったらしい。この子猫をチビと命名することにして、そっともとの場所に戻した。チビは、何事もなかったかの如くスフィンクスのように座っている。強い頑強な意志を感じた。このチビを飼いたいと思ったが、妻は駄目というにきまっているなあ、とまたひとり合点して溜息をついた。
妻は動物は嫌いではないのだが、猫は全然触れなかった。それをだいぶ以前、妻の了解もとらずに無理に猫を飼った。丸々と太ったヨモ模様のノラ猫だったが、あまりにも人なつっこかったので、思わず家に連れ帰り飼ってしまったのである。名前はマルコとつけた。呼べば返事をかえし、私が外出するときも付いてくるような猫だった。十五年の長きにわたって飼ったが、老衰で家のなかで死んだ。妻はマルコには、ついに触らずじまいだったが、妻なりに情が移っていたのであろう、涙ぐみながら、もう二度と猫を飼うのは駄目、と宣告されてしまった。以来、三年間猫は飼ってはいない。
 夕食の後、それとなく今朝の猫の話をすると、駄目よ、と一言いわれた。それでお仕舞いであった。全部よまれていた。
 そのとき、路地を人が通る気配がしたので、私は窓のカーテンをそっと開けてみた。隣の家でごそごそと音がした後、薄暗くはあったが、はっきりと女性と分かる人影が窓を横切っていった。どんな女性だろうかとおもいながら、食後のお茶をゆっくりと啜った。


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