U 「坂道を歩くって」 「そう、坂道だ」と、私は碁会所で鳴海と碁を打ちながらいった。 じつは月に一度新聞の折り込みにより配布される市の広報誌に、名前の付いている坂道について、その由来や歴史が綴られているのである。 小樽には地獄坂や船見坂という、テレビや映画のロケーションなどで全国的に知られた坂道がある。そのほか、有名無名の坂道がたくさんあり、その記事をなんとはなしに読んでいた。 ある日、昨年の秋ごろより読んでいた司馬遼太郎の紀行文「街道をゆく」に触発されて、小樽の坂道を歩いてみたいと思い至ったのである。日が経つにつれて自分の目で見、感じてみたいという思いが強くなり、そのことを鳴海に話した次第である。 私の坂道についての蘊蓄を、鳴海は例の鬼瓦の表情を変えることなく聞いていた。 が、碁の勝負がついたとき不意に、「私も行こう」といいだした。 「一緒に?」と、私が思わず鳴海を見ると、鬼瓦の表情に威儀を正して、うむ、と頷いた。 「うん、それはいいけれど、どうしてまた」 「うむ、このごろ退官したらこのまま小樽に住み着いてもいいかなと、考えるようになってね。小樽を知る意味でも、まだ足腰の丈夫なうちに歩き回ってみたいとも思う」 「そうか鳴海もこの小樽にね…。うん、それは良い」 私は嬉しくなって、早速鳴海と日時などを打ち合わせていると、「僕も参加させてもらっていいですか」と、席亭の谷藤さんがいいながら近寄ってきた。我々の話を聞くと話に聞いていて、自分も参加したくなったのだという。さらに写真撮影が趣味で、あちらこちらの地方を回っていて風景などの写真を撮ってきているのだということだ。 「それに街道をゆく、に対抗するためにもカメラマンは必要でしょう」とすでに乗り気満々である。 すぐに話はまとまり、谷藤さんが鳴海の休みに合わせ次週の日曜日と決まった。 とっじつは谷藤さんの奥さんに席亭を変わってもらうという。これまでもときどき席亭としてお会いしているが、愛嬌のあるなかなか可愛らしい女性である。 私が鳴海の奥さんはどうすると訊くと、鳴海はさらにしかめ面をして、こういうことは男同士だけの方が良いだろう、といった。どうしてと訊くと、女には坂道を歩くという意味が分からぬだろう、といった。何をやっているんだかとしか思わないでしょうね、と谷藤さん。女性には、こういう男の微妙な機微については分からないかもしれないね、と私も二人に相槌をうった。鳴海はさらに、「嘗て世界的なピアニストが女はピアニシモが理解できない、といっていたが私もそう思う」と、鬼瓦の表情にまた威儀を正していった。谷藤さんは鳴海の突飛な比喩に私の方をおもわず見て、可笑しさを噛み殺しながら、「コースについては僕に案がありますから、任せてもらえませんか」といい、我々はいちにもなく同意した。 日曜日はちょうど桜の満開が予想され、晴れればこの上ない日になるだろう。
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