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作品名:路地裏の猫と私 作者:じゅんしろう

第23回   23
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 クリスマス・イブの夜、妻と二人だけでケーキを食べた。二人の子供たちは、それぞれ東京と大阪で家庭を営んでいる。二人だけでケーキを食べるようになって、どのくらいの年月をかさねてきたのだろうか。子供たちとはもっぱら電話のやり取りだけである。幼い孫の声はいつ聞いても可愛く、思わず電話機に頬づりしそうになるほどだ。妻も同じ思いなのだろう、受話器を取ったらなかなか離さない。機会を見つけて、一度会いに行かなければならないと考えている。それも、小津安二郎監督の映画「東京物語」にでてくるように年をとってからではなく、二人とも元気なうちが良い。そんなことを考えながら食べていたら、猫の呻り声が聞こえたかとおもうと、激しい取っ組み合いの音が路地裏に響き、あっという間に遠ざかっていき、また静かになった。
 一瞬の出来事であったが、ノラ猫というのは飼い猫でもなければ野生の猫でもない。ある意味では中途半端な存在ではないだろかと考えた。人間の都合で飼い猫になったりノラ猫になったりする。しかも街で暮らす以上は、決して野生の猫というわけにはいかない。何か割り切れないものを感じる。猫や犬に限らず、ペットは人間を癒やすということになっているが、ペットにされた側はどうなのだろうか。無論知るよしもないが、なんとなく切ないものを感じてしまった。
 「あなた、どうしたの」と、妻がふいにいった。
 「いや、なんでもない」
 「なにか考え込むようにしていたから」
 「いやなに、猫はケーキを食べるかなと思ってね」
 「いやあねぇ、猫はケーキは食べないわよ」
 「慣らせば分からんだろう」
 「猫を飼うのは駄目よ、まわりにいっぱいいるじゃあないの」
 話は終わった。
 年末から正月にかけて、初めての定年の年の為か、のんびりしたものだった。気持ちはなんとなく慌ただしいのであるが、子供たちがいるわけでもなく、大掃除と年賀状を書いて送ってしまえばすることがないのである。後はせいぜい、妻の買い物のお伴を仰せつかるぐらいだ。定年前はあれこれと、こうもしょうああもしょうと考えていたのであるが、いざ定年を迎えてしまうと、どれも長続きしないのである。これは困った問題であり、根性をすえてライフワークについて考えなければならないだろう。といって気負う必要はあるまい。自分のペースを守り、谷藤さんのように淡々としたなかで一歩づつ進めばよいだろう、などと考えながら酒を飲んでいるうち眠くなって年を越した。
 元旦の朝、妻と二人で近くの市で一番大きな住吉神社に初詣にいった。家庭円満家内安全のほかに、路地裏の猫たちの無事についても祈った。居間の家に住んでいる以上、ノラ猫との係わりは切り離せないと考えたからである。事実、参詣から帰ってみると二匹の猫が玄関先でたむろしていた。猫たちにとっても我が家の横に住まいを構えた以上同じかもしれない。そう考えると、「おめでとう、ことしもよろしく」と、つい挨拶してしまった。つられて妻も同じようにいった。もっとも猫からの返事はなかったけれど。
 一月三日は新生小樽棋院の新春大会である。私も当然出席する。鳴海も新理事長として挨拶することになっていた。どんなことをいうのか興味があったので、定刻は午後一時であったか少し早めに昼食を食べて出かけた。
 碁会所に着くと小樽棋院の新しい看板が掛けられていた。なか仲立派なものである。部屋に入ると、すでに大勢の人が来ていて、鳴海も背広姿で待機していた。私といえば普段着のラフな格好であり、大半の人もそうである。鳴海は例の鬼瓦の表情そのままであり、重厚な雰囲気を漂わせている。他の人は現役の裁判官に一目も二目も置いているようであり、なんとなく可笑しかった。
 定刻になると、谷藤さんがあらためて小樽棋院の発足にいたった経緯を述べ、今後の方針を示した。次いで、鳴海の新理事長としてのあいさつがあったが、さすがに手慣れたもので、手短で要領よいものであった。今後上手くいきそうな気がした。
 大会が始まると、皆は日本棋院であろうと小樽棋院であろうと、碁さえ打てれば良いという人たちの集まりである。物事はひとつ動き出せば収まるところに収まるものである。なにもことさら大上段に構える必要もあるまい。谷藤さんのように急所さえ押さえていればよいのだろう。
淡々とした態度というものは人間の知恵なのかもしれない。と考えながら、そのうちに碁の勝負に没頭して、雑念はいつの間にか何処かえ消えてしまった。






















 


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