T 夏のころより、日ごろの運動不足を少しでも解消しょうと、早起きをしてラジォ体操をはじめたが、秋も深まってくると、それにつれて起きる時間がだんだん遅くなった。日の出が遅くなり、薄暗いからである。 起きて路地に出てみると、空はどんよりとした雲に覆われていて、いまにも雪が降りそうである。吐く息も白い。いつもなら何匹かの猫が体操を見学してくれているのに、今朝は一匹もいない。張り合いのないなかを体操をしていたら白いものが舞い降りてきた。雪である。今年は初雪がいつもより遅かったが、いよいよ冬の到来だなとあらためて思った。なるほど猫たちはこのことを予知していて、隣の家の物置小屋にある、発泡スチロール製の猫ハウスで、まだ寝ているのかと思い覗いてみると、はたして猫たちは寄り添って気持ちよさそうに寝ていた。 「こら、もう起きろ」と声をかけると、一匹の猫が迷惑そうに寝ぼけまなこを開けたが、私を一瞥しただけでまた目を閉じた。私が危害を加えない人間であることを知っているのである。すこしいまいましい気がしたが、これまでの人間関係を壊すわけにはいかない。 それにしても、これからどんどん雪が降り積もり、私や猫にとっても難儀な日々が続くことを考えると憂鬱になった。冬の寒さに耐えられない猫もでてくるだろう。なんとか厳しい冬を乗り越え、暖かな春の到来まで生き延びてほしいものだと思う。 そのようなことを考えつつ猫を見ていたら、体全体が薄い茶色で覆われていて、目のまわりと両耳と尻尾が焦げ茶色で、鼻から口にかけて白っぽく、目は青いのに瞳は赤みを帯びている愛嬌のある顔をした、まるでタヌキのような猫が起き上がり伸びをした。 とっさに命名して、「おはようポン太」と声をかけると、大きな欠伸でかえしてよこした。よく見てみると丸々と肥えていて、これだけ脂肪がついていたら冬の厳しさも持ちこたえるだろうと思われ、頭を撫ぜてやりたい誘惑をおさえつつ、その場を離れた。 昼過ぎ、雪がうっすらと積もり路地裏が白一色になったころ、坂本さんが我が家を訪ねてきた。 根雪になる前に、家の横にある猫ハウスを補強するため、さらにボードを立て掛けたいという許可を求めに来たのだ。私は異存がなかったので、二つ返事で承諾した。 坂本さんはカナダのバンクーバーに行っていない日以外は、毎日餌を運んでくる。最近、自身が冬に備えてなのか髭を伸ばしはじめていて、顔の下半分は白い髭で覆われている。 三日後、外出から帰って家の横を覗いてみると、隙間風を防ぐためなのか青いビニールシートが貼られている、厚手のボードが四枚立て掛けられていた。両側には三角形の板が嵌めこまれていて、下の方は猫が通り抜けられるように切り込みが入っている。その三角板をどけて覗いてみると、餌場以外に発泡スチロールの猫のための住まいが、二段ユニットのように重ねられていた。都合六個あった。まるで猫のマンションのようである。すでに何匹かの猫が入居していた。予想以上に大掛かりなものであった。これなら厳しい冬を乗り越えられそうだと思った。同時に、坂本さんが以前話されていた、亡くなられた弟さんの供養のためということの、強い思いをあらためて感じた。
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