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作品名:路地裏の猫と私 作者:じゅんしろう

第15回   15
妻は私の顔を見るなり「あら、負けたのね」と決め付けるようにいった。私は顔にでるタイプらしい。内心むっとしたが、敵討をしなければならないので相手にならず、石をそそくさと片付け、もう一局打とうと鳴海を促そうとしたときチャイムが鳴った。
 妻が応対にでると、声の様子からして中年の女性らしい。わたしには関係なさそうなので、女性が帰るまでと、いまの碁の検討をはじめた。鳴海も自分の勝ち碁なので、うん蓄を傾けながら、あれこれという。私は内心、早く女性が帰ればいいのにと思い、玄関口での妻と女性との話に聞き耳をたてた。二人のぼそぼそとした会話がとぎれとぎれに聞こえてくる。どうやら、迷子の猫を探しているらしい。女性が帰り妻が居間に戻ってきていうには、はたしてそうであった。女性はわざわざ祝津から来たということだ。祝津は、我が家から西南にあり、車で十五分くらいのところにある海岸地帯のことで、漁港や海水浴場、水族館などがある観光地のひとつである。
 このあたりに住む知人に譲った猫がいなくなったのを聞いて、この路地裏で見かけたという情報もあり、心配になり自分で探しまわっているとのことだ。迷子の猫は白と黒のまだら模様の牝猫で鼻のところが黒いという。
 そういわれて見ると、家の近くに迷子の猫のポスターが貼られていることに気がついた。そのことを妻にいうと、はたしてその女性が貼ったものだということだ。私はこのあたりの猫には詳しいので、別の猫だろうと妻にいうと、「祝津から探しに来ているって」と鳴海が感慨深そうにいった。
 「ああ、そうなのだよ。わざわざここまで探しに来るとは、いまどきこういう人もいるのだね、ちょつと驚いたよ」といって、私はいままでの猫との係わりを話した。
 鳴海は私の話を聞いている間は、外見状鬼瓦そのものである。が、聞き終わると、「祝津ねぇ…」といって、いかにも懐かしげそうな表情を見せた。
 「祝津になにかおありでしたの?」と目ざとく妻が訊く。
 「いや、なに…」
「でも、とても懐かしげなご様子でいらっしゃって。もし、よろしかったらお聞かせ願えません」と妻は紅茶とケーキを次々とだしてきた。こういうときの妻は素早い。わたしは内心、碁を止めさせるつもりだな、と思いつつどうにもならない。
 鳴海ははじめ、なんとかかわそうとしたのであるが、妻の好奇心いっぱいの表情と執拗な攻めに根負けしてしまったようである。あるいは、鳴海自身誰かに話をしてみたいという気持ちもあったのかもしれない、ついに観念して話をしだした。


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