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作品名:路地裏の猫と私 作者:じゅんしろう

第14回   14
 私の目の前には、鬼瓦が座っている。この鬼瓦は腕を組んで、じっと盤上を睨んでいる。ときおり、碁笥から碁石を取り出し、盤上に打とうとしては止め、また考え込む。いまは大石同士の攻め合いで、どちらかがつぶれ勝負がつくという緊迫した局面なのである。
 無論、鬼瓦とはあだ名である。それも私たちの大学時代のものであり、本人に対しては直にいったことはない。
 −この鬼瓦め、早く打て。もう俺の勝ちは決まっている。悪あがきはよして、負けを認めて投了してしまえ。 と、心のなかでほくそ笑んでいるだけである。
 鬼瓦こと、鳴海昭三とは大学の囲碁クラブで知り合った。私は文学部であり、彼は法学部であったが、棋力が同等であったのでよく二人で盛んに打った。よき碁敵であった。法律の勉強をしているためなのかどうかは知らないが、押し黙ったまま、いかつい顔をして碁を打つ。その様子が鬼瓦みたいだったので、私がひそかにあだ名をつけた。卒業後、私は教師へ、鳴海は裁判官の道へと進んだ。それから四十年近くの歳月がたっていた。
 それがときどき行く、市内の花園町という繁華街の一角にある碁会所で偶然再会したのである。聞けば、今年小樽の裁判所に赴任したという。鳴海は長居裁判官生活のためなのか、鬼瓦の顔には深い刻印が刻まれていて、峻厳な雰囲気が漂っていた。棋力はアマチュア六段だという、私と同じ段位だった。お互いそれぞれ離れ離れに生活を営んでいたが、同じように棋力を上げていったことになる。早速打ってみると、半目勝負の熱戦になり、学生時代を彷彿させるものだった。対局を終えた後、お互いの顔を見合わせ、私はにやりと笑った。鳴海の表情には変化は見られなかったが、内心熱くなっているのが分かった。碁敵の復活である。別れ際、私の家に遊びに来てくれと、電話番号を教えた。案の定、数日のうちに連絡があった。なぜなら、碁会所での勝負は私の半目勝ちだったのである。
 今日の勝負は私の中押勝ちになり、完膚なきまで叩きのめすはずだった。だがしかし、鳴海の放った次の一手は私の思慮の外であった。意外な一手に少なからず動揺し、懸命に打開策を探ったが、ついに一手負けになり、投了することとなった。
 こんどは私が熱くなった。鳴海を見ると、鬼瓦の表情に変化は見られなかったが、目が満足していることを隠しようがなかった。
 もう一局、といおうとしたとき、妻が帰ってきた。じつは私と鳴海が碁を打ちはじめると、買い物に行くからと、出かけていってしまったのである。それから、二時間がたっていた。私が碁を打ちはじめるとどういうことになるか、よく分かっているのである。あなたは碁を打つと子供みたくなるところがるのね、としばしばいわれていた。そのつど、なにをいいやがる、と思ったが黙っていた。私は長考派で一局に、三、時間は当たり前で、よくいわれている親の死に目に逢えない、ということは我ながらさもありなん、と思うことが多々あったからである。











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