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作品名:路地裏の猫と私 作者:じゅんしろう

第13回   13
 「だが、キリスト教と違って、仏教では仏の子なんていわないね」
 「へえ、先生そうなんですか」
 「うん、例えば、浄土真宗の親鸞などは阿弥陀如来の子だなんてはいわないし、考えもしない。それこそ不遜でとんでもないことだ。誰それに阿弥陀如来の子を授けるというような生臭い話にはならない。東洋と西洋の違いだね。もっともいまの仏教界は生臭くて酷いようだけれど。ただ、キリスト教にとって、神が存在するということは絶対世界の話だから、神聖で犯すべからず、といったところかな」
 「この前、本屋である女流作家の聖書に関する本を立ち読みしていたのですが、処女受胎について、欧米のある医者が、卵子にきわめて濃やかな振動を与え続けていると、細胞分裂によって受胎する可能性があるというのです。それをその女流作家が信じているとかいないとか、あほらしくなって、読むのを止めてしまいましたがね」
 「それはおかしいね。絶対世界のことを、相対的なことで証明しょうなんて、ナンセンスだ」
 「また難しいことを。いまはクローン人間ができるかどうかといわれている時代だから、可能性があるのではないの」との妻の反論に、「そういう問題ではないのだ。信仰の絶対世界というものは、ただ信じるしかないのだ。決して物理的な事柄で説明できることではない」と、いつになく熱っぽくいった途端、「心で感じ、見るということですか」と佳乃さんは、私のいいたかったことを心に沁み入るような声で、ずばりといった。
 私は思わず佳乃さんを見て、佳乃さんはキリストの母になる資質が備わっているのではないのかと、感じたくらいだった。
 「僕は信仰を持ってはいないけれど、その立場でいわせてもらえば、少し引いてみれば分かることでも、信仰にのめり込んでいる人は蒙昧になって、見えなくなってしまうようですね。新興宗教は何かといえば金、金でしょう、変だと思わないのですかね」
 「いや既存の仏教もそうだよ。葬式仏教といわれていて、戒名に多額の金額を要求したりして拝金主義そのものだよ。それに親から子への世襲のようになっているけれど、宗教に世襲なんて、まるでなっていないね。日本には宗教屋はいても、宗教家はいるのかね。特に大乗仏教は衰退の一途をたどるのみだよ」
 「既存の仏教がそうだから、新興宗教が次から次へとでてきて、人は中身が分からないままに、救いを求めようとするのですかね」
 「まあ、そのようなところだね」
 私と宮下との宗教論に熱が帯びているとき、「あら…」と佳乃さんが声をあげ、窓の外を見たので、我々もつられて見た。
可愛らしい中学生くらいの女の子と、その母親とおもわれる女生徒がその横顔を見せていた。女の子は熱心に見入っていて、口をすぼめ、しきりに猫に呼びかけているようだ。母親は、ときおり娘の耳元に何かをささやいている。そこには、なんともいわれぬ美しい刻が流れているように感じさせた。
 その様子を我々は、しばし見入っていた。
 やがて妻が、「よくあるのよ、こういうことが。子猫を飼いたいのではないかしら」
 「さっきの私たちみたいね。可愛い子猫がいるから、私も飼いたいわ」
 「うん、いずれな。先生、この路地には猫が多いようですが、どうしてなのですか」
 私はそれからこの路地での猫との係わり話をした。佳乃さんは、猫中記におおいに興味をそそられたようだ。
宮下が今の親子連れの良さを口にすると、妻が、「うちの夫は、綺麗な女性がこの路地で、猫に見入っている姿が好きなのよ」と、私の心を見透かすようにいった。
 私は一瞬ぎくりとしたが、何食わぬ顔で、「美術館での絵画鑑賞のようなものだよ」と、評論家のような口調でいった。
 宮下夫妻が帰るとき、皆で玄関先に立った。
 少し離れたところで何匹かのノラ猫が、夕暮れ前のまだ陽が残っている草むらのなかで、かたまって心地よさそうに眠っている。こういう時間もだんだん少なくなり、冬になれば雪のためなくなってしまい、春まで待たなければならない。そのときには、また新しく生まれてきた子猫たちで賑わうのだろうか。
 「子猫を変えるようになったら、また来たいわ」と佳乃さんがいい、そっと宮下を見た。
 宮下は苦笑いをしながら、「春にな」といった。 

























   

















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