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作品名:路地裏の猫と私 作者:じゅんしろう

第12回   12
 私はかまわず、「しかし、後年聖母マリアといわれる女性であるから、夕焼けに染まる帰り道キリストに、晩飯はおまえの好きな芋のにっころがしだべ、とずうずう弁でいい、にっと笑って優しさをみせるのではないか」というと、宮下は腹を抱えてころがった。佳乃さんは顔を真っ赤にして笑いをこらえている。 
 妻は、「どうしてキリストの好物が芋のにっころがしなのよ」と呆れ顔でいった。
 「山形県は里芋の産地だろうか」
 「キリストはエルサレムでしょうが」と妻がきつい調子でいった。
 「いや、例えばの話」といって、私は少し調子に乗り過ぎたかなと思いながら、「マリアがあき竹城ならば、ヨゼフは誰だろう」と話を進めた。
 「細身の男ではないでしょうか」と宮下は笑いながらいった。
 「細身?どうして」
 「ええ、統計学的に太めの人は細身の人を好むといわれているでしょう。反対に細身の人は太めの人を…。それに母親似だったらデブのキリストということになります。そうなりますと十字架に架けられたキリストのイメージを著しく損なうわけですから、ここはどうしても父親似でなければなりません」といって、自分で喋った言葉がよほど可笑しかったとみえ、噴き出してしまった。
 「キリストは神の子ではないの、ヨゼフは人間でしょう?」と妻が異議を唱えるのを「神様の子というのは科学的にみておおいに疑問であるが、まあ、一万歩譲ってそうだとしても、神様も細身なのだろう」と私は一蹴し、「うむ、そうだねえ、細身の男か…」と、考え込んだ。
 私があれこれ俳優の顔を思い浮かべて思案げにしていると、「骨皮筋衛門みたいな男の人?」という妻の言葉に、「そうだ有島一郎だ」と私はすでに他界している往年の喜劇俳優を思い浮かべ、口にした。
 」有島一郎さんとはどのような方ですか」と、初めて佳乃さんは話に加わってきた。
 「年の差だねぇ」といいながら、私は有島一郎について説明をした。宮下はある程度知っていたが、佳乃さんはほとんど知らなかった。二人に説明しながら、二、三十年の年の差で話が噛み合わなくなる人間社会を考えた場合、二千年前の人がどのような人かというのが分からないのは当たり前だと、いまさらながら思った。伝記の類などあてにならないことなど無論である。二千年の間に人々は理想のキリストやマリア像を思い描き、あるいは作りあげていくのだろう。信者でもない門外漢の私が、あれこれいうのは信者にとって面白くないことかもしれない。しかかし、この場にはさいわいにもキリスト教徒はいないようなので話を進めたい。
 「ヨゼフという男はえらいものだね。妻と神の不倫の子を育てたのだからね」と私がいえば、「大工として生活するすべも教えたのです」と、宮下が相槌をうつ。
 「不倫だなんて」と妻が不服そうにいうのを佳乃さんが、「無論、信者の人々は不倫だなんて考えていないでしょうが、仮に不倫だとしても、神の子なら喜んでそれを受け入れるのではないでしょうか」と、ゆったりとした口調でいう。どうやら、私と宮下対妻と佳乃さんという図式になったようである。
 「不倫を肯定するのか、佳乃」
 「肯定はしないけれど、神の子という人間を超越した存在をキリスト教徒にとて必要なのではないかしら」と、佳乃さんはあくまで冷静である。これから母になる強さのようなものを持ち始めているようだった。私は小さな理屈にはとらわれない、女が持つ、決して男には理解できないであろう大地のような力強さを感じて、妙に感心してしまった。


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